コラム

教育現場にケンカを売るトランプ、その目的は?

2020年07月09日(木)15時30分

トランプが大統領選を意識しているのは間違いないが Kevin Lamarque-REUTERS

<全米の学校に9月からの授業再開を強要したり、リモート授業を受ける外国人留学生を摘発対象にしたりと、いきなり強硬姿勢に>

南部と中西部におけるコロナ危機の拡大を反映して、世論調査では民主党のバイデン候補に大きくリードを許しているトランプ大統領ですが、今週6日から8日にかけて、突如「教育現場への攻撃」を始めました。

1つは全国の小中高に対して「学校を必ず9月に再開せよ」というプレッシャーです。感染拡大の深刻だった東北部、現在深刻な状況の南部と中西部、それぞれに事情は違いますが、9月からの学校の再開については各州、そして各市町村の教育委員会が慎重な検討を続けています。

それにもかかわらず、大統領は一方的に「学校を再開せよ」と宣言、しかも「再開しないと政府の補助金を打ち切る」というツイートをしました。さらに、学校の再開にあたって注意を払うべき内容を記した「CDC(疾病予防管理センター)」によるガイドラインについて「厳格過ぎるし、カネがかかるので反対」としています。

大統領によるプレッシャー作戦ですが、効果は始めから限られています。まず、アメリカの公立学校は市町村単位の独立採算制で、連邦政府からの補助金の割合は数%に過ぎません。補助金カットで脅したとしても、その金額は大したことはないのです。また、各学区における現場の規則についても、学区ごとに独立した教育委員会に決定権があり、またその教育委員会を構成する教育委員は公選制になっている州が多いのです。

ですからいくら大統領が吠えたり脅したりしても、できることは限られています。また、8日の昼にはペンス副大統領、CDC長官、コロナ専門家チーム、デボス教育長官などが、この件で記者会見していましたが、ペンス副大統領は大統領の過激な発言を、「より安全により多くの学校をオープンさせたい」という至極まっとうな話に「すり替える」という「いつものパターン」に持ち込もうとしていました。ですので、この件は各州、各市町村の判断に委ねられるなかで、大騒動にはならないと思われます。

完全リモート授業はアウト

問題は、もう1つの大学をターゲットとした「留学生排除作戦」です。これは、大統領が思いつきでツイートしたというレベルのものではなく、悪名高いICE(移民関税執行局)による措置としてすでに指示が出ています。

具体的には、国外から留学ビザ(Fビザ)で入国している学生の所属する大学が、「100%リモート授業」を行っている場合は、該当する学生はICEによる摘発と国外追放の対象となるという措置です。

このICEというのは特にトランプ政権になってから不法移民の摘発を強化しており、ただでさえ悪名の高い組織です。そのICEが留学生をターゲットにするということで、各大学には衝撃が広がっています。ハーバードとMITは早速この措置を停止することを目的とした訴訟を起こしました。またプリンストン大学のアイズグルーバー学長は、異例なまでに激しい言葉を連ねたメッセージを発表して、この政策に対して「断固戦う」と宣言しています。

<関連記事:トランプ、大学入試で替え玉受験? めいが暴露本で明かす

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上

ワールド

ガザ支援搬入認めるようイスラエル首相に要請=トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story