コラム

コンクリートだけでは人命は守れない

2019年10月17日(木)16時40分

台風19号による豪雨で多摩川など首都圏を流れる河川でも増水し、各地で氾濫が起きた Kim Kyung Hoon-REUTERS

<ハードとソフトの両面を向上させなければ防災という目的は達成できない>

台風19号のもたらした猛烈な降雨量に対して、例えば、八ッ場(やんば)ダムが水量を貯めたことで氾濫防止に役立ったとか、利根川水系の貯水池「地下宮殿」が機能することで、荒川の氾濫が防止されたという見方があります。

こうした見方の延長で、例えば2000年代に提唱された「コンクリートから人へ」とか「脱ダム政策」と言った主張が完全に否定されたとか、とにかく巨大台風に備えて主要河川の治水には徹底的に注力すべきだといった意見が出ているようです。

この議論ですが、「コンクリートか人か」という二者択一ではないと思います。今回の災害を契機として、確かに国土のインフラ整備が急務だということは、言えると思います。ですが、全面的にコンクリートに走るだけでは防災にはならないのです。

例えば、2018年7月に発生した「平成30年7月豪雨」でダム放流に伴う河川増水で、結果的に多くの犠牲者を出した愛媛県の肱川(ひじかわ)流域では、国と県による「肱川緊急治水対策」がスタートしています。ここでは堤防整備や河道掘削、樹木伐採、ダムの容量拡大、あるいは新設ダムの稼働といったハード面だけでなく、関係機関の連携によるソフト面での対策も盛り込まれています。

つまり、ハードの整備は車の車輪の一方であり、同時に人によるコミュニケーションやマネジメントといったソフトの面も充実させていかねばならないということです。

具体的には、この肱川の場合は、

「洪水浸水想定区域図、危険水位の設定」
「危機管理型水位計、河川監視カメラの設置」
「ダム放流情報の配信システム整備」

といった対策が盛り込まれています。今回の台風19号では、各地のダム操作や放流情報の通達においては、現場における必死の努力が功を奏した結果、前年のこの肱川のような「緊急放流による犠牲者発生」という事態は避けられたようです。

ですが、風雨が峠を越して大雨特別情報が解除された後に、河川増水による氾濫等で犠牲者が出たケースは相当数に上るようです。何とも胸の潰れる話ですが、こうした問題についても、この肱川の緊急対策におけるソフト面での対策は参考になると考えられます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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