コラム

閣僚がはんこ産業を代表して「ペーパーレス」を遅らせるな

2019年09月17日(火)16時00分

ですが、一般的に印影には効力があるとされています。実印、つまり印鑑登録をされた印の場合は、認証レベルが高いイメージがありますが、これも印鑑証明書さえ入手して、その印影と同一の印影を押してあれば、仮に悪意の第三者が作成した偽造書類であっても見破ることはできません。

もちろん、こうした認証レベルの問題ではサインも特に優れたわけではありませんが、サインの場合は「それ自体が手書きで揺れのあるもの」だという前提で、他に認証を補完する仕組みがあります。例えばウィットネス(立会人)の署名や、ノタリー(公証)の仕組みなどです。

印鑑が問題なのは、正確に捺印がされていると、ビジュアル的に「完璧」であることでどうしても心理的に「ないはずの認証レベル」を感じてしまうということ、その結果として悪用が可能になってしまうということがあります。

これは心理的な問題だけでなく、実務的な問題でもあります。例えば、宅配便の受け取りには印鑑が必要で、その場合、社会通念上は「シャチハタでもOK」とされています。ですから、極論を言えば鈴木さん宛の宅配を横取りしようと思えば、鈴木というシャチハタ印を数百円で購入して、鈴木さん宅の玄関の周辺に潜んでいれば出来てしまいます。

ですが、宅配業者としては、シャチハタ印の認証レベルが低いことは承知の上で、それでも一定のレベルの認証ツールとして機能している、つまりコストに見合う低い認証でOKとしているわけです。この場合に、サインが主流になってしまうと、仮に横取り事件の捜査や裁判となった場合に、形式要件として真贋チェックの世界に入っていくと認証の正当性を証明するのも否定するのもコストがかかってしまうわけです。

いずれにしても、印鑑というのはビジュアル的に完結してしまう反面で、認証レベルは低いツールです。こうしたもので「良し」としているようでは、世界中にハッキングや成りすましを生業とする悪意が跋扈する21世紀におけるセキュリティ対策は進みません。

とにかく、竹本大臣にははんこ業界全体を説得して、政府も民間もペーパーレス、脱はんこ時代へと向かうように、その結果としてホワイトカラーの事務効率がOECD参加国中最低レベルという悲惨な状態から脱するように、尽力することを望みます。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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