コラム

高校生「オナラ防止パンツ」開発の背景にある、日本の学校の悲壮な現実

2019年07月16日(火)16時00分

ところが、日本の社会では、ある世代から下では学齢期に達しても、このうちの3点目の自立ということが成立していません。特に大便について「本能的には不快である他人の排泄」への許容や配慮ができないのです。

別に、発達が遅れているわけではありません。やろうと思えばできるのです。ですが、非常に特殊な価値観が蔓延しているために、できなくなっているのです。それは、「他人の排泄は不快だという本能的な反応を、あえて抑えないことで、自他の動物的な反応を見る」という不思議なカルチャーが定着しているということです。

小学生が、休み時間に大便をしたとします。これは確かに他人にとっては不快かもしれませんが、その本人にとっては切実な生理現象ですから、周囲は理解を示し、あえて言及しないなどの対応をするのが「排泄の自立」スキルの1つとして必要です。ですが、そのスキルを「あえて行使しない」というのが現在の子供たち、特に男の子たちの世界に起きているわけです。

原因としては、そのような「善意による本能の抑圧」というのが一種の偽善だというような大人社会からの悪影響がまず考えられます。その上で大便をした、あるいは隠れて「オナラ」をしたらしいクラスメイトに対して、配慮や善意の無視ではなく、「子供っぽい、そして残酷で動物的な」批判の視線を投げてみる、そこで本人が高度なお笑い芸人のような「いじられコミュ力」を発揮して切り返すか、できずに逃げるか、弾圧に屈するかを見ているのが「面白い」という話になるわけです。

さらに日本の伝統的な病弊とも言える「恥の文化」がこれに追い打ちをかけています。メカニズムとしてはそういうことですが、客観的に見れば排泄の自立における必要なスキルを切り捨てているわけで、反社会的、反人間的であることは間違いありません。

結果として、こうしたカルチャーは「いじめ」の温床になっていると考えられます。この高校生が指摘しているように、健康に悪影響が出ている(便秘の増加)という報告もあるようです。また高齢者や障がい者への介護、親としての乳幼児の排泄のケアなどへの偏見や、心理的負担感を高めることにもなりかねません。

子どもの社会において、そのようなことを許しているのは、世界中で日本だけだと思います。そして、この病的な現象は大人の、つまり教育の責任として一刻も早く是正すべきだと思います。

この3人組の努力は認めます。ユーモアでやっているのであれば、とても面白いと思います。ですが、真剣なニーズを前提にやっているのだとすれば、大人社会は一刻も早くそのニーズそのものを除去するように、行動を開始するべきだと思います。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

次期FRB議長の条件は即座の利下げ支持=トランプ大

ビジネス

食品価格上昇や円安、インフレ期待への影響を注視=日

ビジネス

グーグル、EUが独禁法調査へ AI学習のコンテンツ

ワールド

トランプ氏支持率41%に上昇、共和党員が生活費対応
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「財政危機」招くおそれ
  • 4
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    「1匹いたら数千匹近くに...」飲もうとしたコップの…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    ゼレンスキー機の直後に「軍用ドローン4機」...ダブ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story