コラム

兼業解禁でサラリーマンの「全人格的帰属」は変わるのか

2017年11月24日(金)14時50分

また、過去にあった「不自然な拘束」、つまり「裁判官がアパート経営をしていたら懲戒された」とか、「公務員が時間外にサービス業に従事していたら密告されて処分された」というような、「労働時間外の個人の尊厳」が侵されるような「不自然」が解消されるのも良い傾向だと考えられます(今回の規制緩和は民間中心ですが、公務員に関しても認めて良いと思います)。

仮に兼業規制を緩和する場合、税務や社会保険に関する制度も対応する必要があります。まず、税務ですが、兼業が原則禁止であった時代には、「前年に副業があって確定申告をすると、翌年4月からの住民税の源泉徴収額が通知される際に会社にバレる」といった問題があったわけです。兼業を認める以上は、副業での収入というのは本人のプライバシーに関わる部分ですから、こうした問題は避けなくてはなりません。

基本的に、これからは企業が国に代わって年末調整をしたり、住民税の天引きサービスをしたりというのは止めて、個々人が必ず確定申告を行い、そこで地方税の確定申告と納付(銀行自動引き落としなど)を行うという方向が良いのではないでしょうか。

企業が年末調整を行い、その際に「生命保険」とか「住宅ローン」などのプライバシーに関わる情報を企業に申告して税の還付を受けるというのは、考えてみればおかしな話です。年末調整というのは、兼業が普及することを先取りする形で廃止して、全員が確定申告をするようにしたら良いと思います。その際の手続きは、電子申告で簡素化するべきです。

いずれにしても、労働者は「一つの会社」に帰属して、一生その「会社という共同体」に管理される、そこで長い時間拘束を受け、納税義務もその「一つの会社」を通じて手続き上の全てが完結し、その代わりにプライバシー情報もその会社に握られる、という「全人格的帰属」ということが現在の日本ではまかり通っています。これが、兼業・副業の普及によって変わっていくのは、個々人の「自立」という点でも、また社会全体にとっての「人材活用・生産性」という点でもメリットが大きいのではないでしょうか。

ちなみに、私が期待しているのは、高度な教育を受けた一流のビジネスパーソンや技術者が、終業後や週末に、子供たちの教育を担うという可能性です。もちろんスポーツ指導者などのボランティアでもいいわけですが、それに加えて、最先端の技術やホンモノの外国語、さらには世界経済や時事問題、コンピュータ言語や会計学などを有償で教えるようになれば素晴らしいと思います。

日常の世界では、緊張感ある業務に忙殺されている人材が、副業としては将来のある次世代との交流を通じて別の角度から社会参加する、そうなれば厚労省の描く「企業側のメリット」というのも絵に描いた餅ではなくなるのではないでしょうか。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米経済「「対応困難な均衡状態」、今後の指標に方向性

ビジネス

再送MSとエヌビディアが戦略提携、アンソロピックに

ワールド

サウジ、6000億ドルの対米投資に合意 1兆ドルに

ビジネス

米中小企業、26年業績改善に楽観的 74%が増収見
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story