コラム

大物プロデューサーのセクハラ騒動と、ハリウッド文芸映画の衰退

2017年10月12日(木)15時00分

98年に『恋におちたシェイクスピア』の試写会で女優のグウィネス・パルトロウ、当時のファーストレディーのヒラリー・クリントンと共に写真におさまるハービー・ワインスタイン(左) Peter Morgan-REUTERS

<多くの文芸作品を製作した大物プロデューサーが長年に渡って女優らにセクハラを繰り返していたスキャンダルは、文芸映画が衰退するハリウッドの現状と重なる>

ハリウッドの大物映画プロデューサー、ハービー・ワインスタインが過去30年近くにわたって、多くの女優などにセクハラを行っていた事件は、アメリカ社会に大きな衝撃を与えています。ここへ来てアンジェリーナ・ジョリー、グウィネス・パルトロウなど超大物からも告発されたり、女性を脅している際の会話録音が暴露されたり、一気に大スキャンダルに発展しているからです。

事態を受けてワインスタインは、自分が共同創業者の1人である「ワインスタイン&カンパニー」から解雇されていますし、現時点での容疑の悪質さを考えると実刑は免れないという見方もあります。

今回の事件が大きな話題になっているのは、事件が悪質なだけだからではありません。ワインスタインは、解雇されたこの会社を立ち上げる前は、「ミラマックス映画」というメジャーなプロダクションの創業者でオーナーだったのですが、この「ミラマックス」の活動を通じて、今は超大物になっている多くの俳優を育ててきたのは事実です。

ですから、ワインスタインに何らかの接点のある俳優は数多くいるわけで、彼らがこの事件に関して「何を言うか」ということも話題になっています。例えば、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』で一緒に仕事をしたメリル・ストリープ、『サイダー・ハウス・ルール』のシャーリーズ・セロンなどは、激しい口調でワインスタインを非難しています。一方で、比較的若い世代のジェシカ・チャステインなどは「疑惑を知っていたが告発に回らなかった」として一部から批判されたりしています。

ワインスタインに見出された男優たちにもスポットライトが当たっています。例えば、ワインスタインのサポートを受けて出世作『グッド・ウィル・ハンティング』を作ったベン・アフレックとマット・デイモンには「ワインスタインの犯罪隠蔽に関与したのでは」という疑惑の目が向けられています。反対にブラッド・ピットは当時交際していたパルトロウに対してワインスタインがセクハラ行為を行った際に詰め寄ってやめさせたということが報じられて「オトコを上げて」いたりもします。

この事件ですが、ワインスタインが「文芸映画」のプロデューサーであったこと、また民主党の一貫した支持者であり、クリントン夫妻と親しかったり、オバマの後援もしていたりしたことから、保守派のFOXニュースなどは「金持ちリベラルの偽善」ということで政治的な批判に仕立てようとしています。

それはともかく、この事件が余りにも醜悪な様相を帯びてきたことで、アメリカの世論の中には「セクハラは悪だということを再確認する」、つまり「映画のプロデューサーという特権的な地位を利用して女性の尊厳を傷つける」ということが「ここまで醜悪なことなのか」というショックが広がっています。民主党支持層の一部には、そうした風潮が拡大すれば「トランプ大統領の持っているセクハラ体質」の「化けの皮をはがす」ことに発展するかもしれない、そんな期待感もあるようです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

台湾は31日も警戒態勢維持、中国大規模演習終了を発

ビジネス

中国、26年投資計画発表 420億ドル規模の「二大

ワールド

ロシアの対欧州ガス輸出、パイプライン経由は今年44

ビジネス

スウェーデン中銀、26年中は政策金利を1.75%に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめる「腸を守る」3つの習慣とは?
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    「すでに気に入っている」...ジョージアの大臣が来日…
  • 5
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 6
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 7
    「サイエンス少年ではなかった」 テニス漬けの学生…
  • 8
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」と…
  • 9
    なぜ筋肉を鍛えても速くならないのか?...スピードの…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 5
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 6
    中国、インドをWTOに提訴...一体なぜ?
  • 7
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 8
    マイナ保険証があれば「おくすり手帳は要らない」と…
  • 9
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 10
    アベノミクス以降の日本経済は「異常」だった...10年…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 6
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 7
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story