コラム

バングラデシュ人質事件、日本はこれから何ができるのか?

2016年07月05日(火)18時20分

 実際のバングラの政局は大中小の政党が乱立する複雑なものですが、それを単純化してお話するならば、この二大政党が「世俗政党」である一方で、「ジャマティ・イスラミ」というイスラム主義政党が存在しています。このジャマティ・イスラミは、潜在的に10%前後の支持率があるため、現時点では下野したBNPと一緒になって与党のアワミ連盟に対抗する格好となっています。

 これに対して、アワミ連盟は弾圧を強化しています。

 バングラが独立運動をしていた70~72年にかけて、パキスタン側は暴力的に警官隊と軍隊で独立派を鎮圧しようとしました。ジャマティ・イスラミにはその際に「イスラム国家を防衛する」ために「パキスタン側につく」という選択をした人々も残っているというのです。

 ハシナ現政権は、この「独立戦争当時の殺傷行為関与」に関して、ジャマティ・イスラミの幹部に死刑判決を出しました。これは2013年のことで、それ以降、現政権とジャマティ・イスラミの関係は悪化しています。結果として、昨年には治安情勢のかなりの悪化を示す事件が散発的に起きています。

 ジャマティ・イスラミの周辺で「ハシナ政権の弾圧に対する不満」が鬱積しており、それが一部の若者がISISの「ジハード主義」に共感する異常な状況の背景にあると見るべきでしょう。

【参考記事】バングラデシュ人質事件、一部容疑者は裕福な家出身のエリート

 2つ目の要素は、日本とバングラの極めて緊密な関係です。日本は、国策としてバングラを支援する活動を、長いスパンで進めてきています。例えば、独立運動が始まる前の70年のサイクロン被災の際にも官民挙げて大きな支援をして、その歴史は46年にもなります。バングラの人々が極めて親日であるのは、そのためです。

 例えば、今回の事件の犠牲者の中に鉄道技師の方がおられますが、これは激しい交通渋滞がある現状下、大気汚染などの健康被害も出ているダッカの状況を何とか救おうと「地下鉄整備」を進めるプロジェクトです。これと並行して、今でも懸念されているサイクロン水害に対して、防潮体制をレベルアップするというプロジェクトも進んでいます。

 実は、事件の2日前の先月29日にJICAはバングラ政府との間で、この「地下鉄」と「防災」という2大プロジェクトを含めた6件の案件を対象にした総額1735億円(貸付限度額)に上る円借款供与の調印をしています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米、対スイス関税15%に引き下げ 2000億ドルの

ワールド

トランプ氏、司法省にエプスタイン氏と民主党関係者の

ワールド

ロ、25年に滑空弾12万発製造か 射程400キロ延

ビジネス

米ウォルマートCEOにファーナー氏、マクミロン氏は
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 5
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 6
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 7
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 8
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 9
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 10
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    レイ・ダリオが語る「米国経済の危険な構造」:生産…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story