コラム

非常事態宣言まで出たフリント市の水道汚染は「構造的人災」

2016年01月28日(木)16時00分

 その鉛の含有率ですが、飲料水の場合に一般的な安全基準としては10ppb(ppmの千分の一)とされています。日本でも安全基準は10ppbです。ちなみにアメリカの規制値は15ppbとなっています。

 ワシントン・ポスト紙などの報道によれば、ミシガン州のトロイ市では1.1ppb、デトロイトの平均も2.3ppbに収まっている一方で、フリント市では、全市のサンプルから上位の極端な10%を除外した90%の総平均でも27ppbと危険な値を示しているのです。

 では、その危険な上位10%ではどうかというと、バージニア工科大学が検査した家庭の水道水からは158ppb、市の調査員のデータでは、ある家庭で397ppbを検出しています。また、このバージニア工科大学の調査チームによれば、158というのは「上澄みの数値」であって、一定量を溜めておいて良く混ぜて検査したケースでは、200あるいは397、さらに最悪のサンプルからは1万3000ppbなどという極端な数字も得られているというのです。

 健康被害も出始めています。4~13歳という子供たちの中には鉛中毒特有の皮膚炎が発見されており、中長期的には神経障害などの深刻な症状へ移行することが懸念されています。成人の中には頭髪が抜けるなどの症状も出ています。

 先進国のアメリカで全く信じられない話ですが、現時点では以下のような経緯があると理解されています。

 フリント市の上水道は、長年デトロイト市から供給を受けてきました。ですが、デトロイトを含む広域圏が五大湖の1つであるヒューロン湖から取水してより効率的な上水道供給をするための「新公社」を設立する際に、フリントは利用料が払えないということになったのです。

 それはフリント市民や、市民の選んだ行政の判断ではありませんでした。破綻自治体のフリントの場合は、管財人の判断としてそうなったのです。デトロイトへの給水は新公社に移行したのですが、支払い能力のないフリントはその新公社からの給水を拒否され、他に選択肢のなくなったフリントは、2014年4月からは市内を流れる「フリント川」から上水道の取水を開始しました。

 この「フリント川」の水質が問題でした。と言っても、川の水が鉛で汚染されていたのではありません。そうではなくて、質の悪い水を上水道として流したために、老朽化していた市内の「鉛水道管」が急速なペースで腐食され、その鉛が水道水に溶け出したのです。

 汚染源は、長年のGM工場からの硫酸塩を含んだ排水が原因という説と、多雪地帯のために融雪剤として使われた塩が大量に流れこんだためという二説がありますが、いずれにしても、質の悪い水源へスイッチしたための現象ということはほぼ立証されています。

 この問題は、直ちに激しい政争を巻き起こしています。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 8
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 9
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 10
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 4
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 9
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 10
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story