コラム

2020年東京オリンピック、「ブランドと知的所有権」の問題は大丈夫か?

2013年09月19日(木)13時13分

 オリンピックが開催されるのは7年後ですが、今から真剣な議論が必要な問題はたくさんあると思います。東京の場合は、1964年に経験があるということで油断していると大変なことになります。というのは、64年の時点と、2020年の時点では、大会の性格が全く変わっているからです。

 2点指摘したいと思います。一つは、84年のロス五輪以降のオリンピックというものは、オリンピック関連「ソフト」という「知的所有権」の資産価値を高め、そこからキャッシュ・フローを生み出すという一種の「ブランド」による「ビジネスモデル」になっているということです。

 もう一つは1980年代の全世界における旅客機の大型化と航空規制緩和により、海外旅行が大衆化したために、国境を越えた観戦客が大量に動くようになったということです。ですから、開催地の宿泊施設や交通機関などの受け入れ体制については、64年当時とは全く別次元の計画を立てなくてはなりません。

 その中で、今回は一点目の「ブランドと知的所有権」の問題を取り上げます。

 まずオリンピックというブランドが「資産」として「キャッシュ・フロー」つまり収益の源泉であることが期待される、そのために色々なことが起きるという問題です。

 例えば、昨年のロンドン五輪では細かなものから大きなものまでトラブルが頻発しています。開催期間が近づく中で、開催地周辺では「オリンピック」という言葉や「五大陸をかたどった五色の五輪のロゴ」などの使用規制が厳しくなったからです。

 明らかな商用目的のもののほとんどが規制されただけでなく、「チャリティに出した『おばあさんの手編みのセーター』」に五輪のロゴが入っていたのがダメだとか、ある大学が「五輪の開催をサポートします」という表示をしただけでアウトという厳しさで、大きな騒動になりました。

 法律より人間の常識を上位に置くカルチャーを持っているイギリスで「このザマ」ですから、契約や規則に「文言として書いてある」とコンプライアンスだとか何とか理由をつけて「極めて防衛的かつ硬直的な運用」をしてしまうクセのある、日本の官公庁やビジネス界の場合は、余程周囲がシッカリしていないと「IOCの言いなり」になってバカバカしい規制に走る危険があります。

 ロンドンの場合は会場近辺の飲食店や土産物屋など、本来であればオリンピックを契機として2008年以来の不景気から立ち直ろうとしていたところが、「ありとあらゆる便乗商法は禁止」だということで、全く見込みが外れたという話も聞きました。これでは本末転倒です。まして、今回の東京招致は「20年に及んだ経済の下降線」を吹き飛ばすという全国的な思いが込められたものですから、その足を引っ張るようなことでは困ります。

 例えばですが、2020年の7~8月には、東京に多くの観光客が海外から来るわけで、当然ですが、これを機会に「東北ツアー」を組んで東北の経済に役立てたいという思いは大きいわけです。ですが、「あらゆる便乗商法はダメ」だということで杓子定規な対応になるようですと、東京五輪の効果を東北に波及させることも難しくなります。

 勿論、日本は知的所有権というものに関しては、しっかりした法制とリーガルマインドという「制度のインフラ」を整備して、むしろコンテンツやソフトを輸出しようという国です。ですから、この問題をいい加減にすべきではありません。ですが、その一方で「不自然な規制」により経済効果が萎縮するようでは大変です。この問題は時間をかけてキメ細かく考えていくべきで、今から本気で取り組むべきと思います。

 もう一つ気になるのは、IOCの「ワールドワイド・パートナー」やJOCの「ゴールド/オフィシャル・パートナー」の存在です。現時点でオリンピック競技全体については、全世界におけるパートナー(スポンサー)シップの権利を保有する10社が「最高の権利」を保有しています。また、JOCとしては独自に日本国内のスポンサーと契約しているわけです。

 彼等は、高額のスポンサー料を払っているわけで、その見返りに様々な「独占権」を得ているわけです。勿論、通常の商業活動であればカネを出している以上は「独占権」を得るのは当然であり、よく説明をすれば世論も納得すると思います。プロスポーツの世界では、かなり定着していると言えます。

 ですが、オリンピックというのは「国家的行事」あるいは「国民的行事」だというイメージが強いわけで、その点ではサッカーのワールド・カップなどとは「格」が違うわけです。その一方で、今回の東京というのは「広域都市圏」としてはおそらく世界でもトップクラスの購買力を持っているのは間違いなく、その点で国内のスポンサーも海外のスポンサーも「オリンピックの経済効果を独占したい」という期待感は強いと思います。そこでスポンサーが「独占権を過度に主張する」ということには、世論一般には違和感を生じる危険があります。

 例えば、現在のIOCの「ワールドワイド・パートナー」には、アメリカの炭酸飲料メーカーとハンバーガーチェーンが入っているわけです。現在世界では日本食のブームが続いており、日本の緑茶もブームです。ですが、会場の周辺での「独占権」をこの2社が過度に主張するようですと、せっかくオリンピック観戦のために東京に来た世界からの「お客さま」に対して、冷たい緑茶や健康的な日本食で「おもてなし」をしようとしても、制約がかかる可能性もあるわけです。

 問題は、そうしたトラブルが起きた場合には、日本の世論には非常にネガティブなイメージで受け止められるということです。下手をすると「独占権の主張がマイナスイメージとなって」しまうことで、マーケティングとしては逆効果となると同時に大会のイメージにも傷が付く可能性があります。ハッキリ言えば、契約によって「カネで買った独占権を主張して他を排除する」という態度は日本では尊敬されないということです。

 こうした傾向があるとして、それは日本人が「経済合理性を理解していない」とか「契約社会に馴染めない」からではありません。そうではなくて、オリンピックというものに経済的効果だけではない、もっと幅広い夢を託しているからであって、むしろ純粋なオリンピックという競技大会への愛情から来ているものだと考えられます。

 ですからスポンサー企業にはもっと工夫していただきたいのです。もっと社会貢献であるとか、スポーツ振興への具体的な努力を示すとかいう姿勢を見せて、その上でブランドのイメージを上げていく、そのような場として2020年の五輪があるべきと思います。最終的にスポンサーには、IOC/JOCも、そして開催都市の人々も満足するような「キメの細かいマーケティング活動」をお願いしたいと思うのです。ロンドンの際に起きたような「杓子定規に対応して興ざめさせる」トラブルを繰り返してはなりません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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