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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
「上から目線」とは何なのか?
気がつくと「上から目線」という言葉が大流行しています。では、「上から目線」というのは何なのかという定義をしようとすると、これはかなり難しいわけです。
例えば、「ドヤ顔」という言葉がありますが、これは「上から目線」とは逆のニュアンスがあります。「どうや」と得意になっている様子自体が決して非難されるわけでなく、むしろ本人も周囲もユーモラスな感じで「誇張して威張ってみたり」しているわけです。
では、どういう局面では「上から目線」と非難されて、どういう場面では「ドヤ顔」で済むのかというと、そこにはある種の条件があると言えます。問題は、自慢の背景にある「いいことだから得意になっている」という価値観が周囲に共有されているかどうかです。
価値観が共有されていれば、ユーモアを込めて「ドヤ顔」という言葉でその「得意満面」な態度は承認されるわけです。一方で、意味もなく大きな態度を取っていたり、得意がっている背景にある価値観が到底納得できないものだと、周囲からは「上から目線」だという非難を受けるのでしょう。
例えば、芥川賞に4回候補になりつつも落選を続け、今回5回目で受賞した田中慎弥氏は、受賞の記者会見で「私がもらって当然」だと述べたそうです。(もっとも、田中氏の表情は「ドヤ顔」どころか、ムッツリしたものだったようです)このニュースですが、その部分だけ聞けば「新人作家の分際で『上から目線』もいいところだ」という印象になると思います。
ですが、田中氏の発言の背景には、過去に自信を持って送り出した作品が4作もある種の評価を受けて候補になりながら、選考会のたびに審査員から「ダメ」を出され続けた屈辱ということがあるようです。
それが「辞退してもよかったのだが」という発言になり、また「もらって当然」という表現自体が、アカデミー賞で長年似たように落選し続けて最後に受賞した際の女優シャーリー・マクレーンのスピーチを踏まえているという「文脈」が加わると話は変わってきます。「当然」というのは不遜でも何でもなく、田中氏なりの創作者としてのプライドを表現しただけという理解が可能になるわけです。
今回は芥川賞の受賞という注目される場でしたから、詳しい「文脈」も報道される中でこうした理解が可能になるわけですが、実際の社会生活の中ではそう簡単には行きません。背景にある価値観が意味不明であったり、こちらとしては到底納得の行かないものである場合に、一方的に相手が「偉そうに」してくれば、こちらとしては反発してしまうことになります。
以上のような議論は、今回出版した『「上から目線」の時代』という本を執筆するにあたって、日本語におけるコミュニケーション不全の問題と向き合う中で思い至った考え方です。実はこの問題は非常に奥が深く、まだまだ議論しなくてはならないことが沢山あるのですが、まずは問題提起としてこの本を世に問うこととしました。
この「上から目線」という概念ですが、注意深く観察していくと日本だけの問題ではないようです。例えばアメリカでは「反エリート主義」だというティーパーティーの運動が起きていますが、彼らの言いたいのは要するに現在のアメリカのエリートは「上から目線」だという反発でしょう。また現在進行形の共和党の予備選では、投資銀行出身のロムニー候補が「1%の富裕層出身」だとして叩かれていますが、これも彼のような「上から目線」では本選挙で勝てないかもしれないという危機感から来ていると見れば納得ができます。
ですが、アメリカの場合はどうしても平等思想などの「タテマエ」が強いので「上から目線」だという不快感を感じても、ガマンしてしまうことが多いのです。その点で、日本の場合は言葉そのものに「上下関係の規定性」がありますから、上下の感覚として一方的な価値観が出てくると相手には顕著な違和感が出てくるし、結果的に「異議申立て」も多くなるわけです。
そう考えると、「上から目線」という言葉が持つイメージは少し変えなくてはいけないのかもしれません。「上から目線」という概念自体は重苦しいものだし、人々が「お前は上から目線じゃないか」などと罵倒しあっているシーンというのは、できれば避けたいというのは正直なところです。ですが、多様な価値観が共存する社会を目指すにあたって、自分の納得できない価値観を根拠にして、指図を受けたり、自慢したり、見下されたりすることに対して、人々が「ノー」と言えるようになったということ、そのことは時代の必然だと思うのです。
(お知らせ)文中で紹介した『「上から目線」の時代』は、講談社現代新書から好評発売中です。
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