コラム

センター試験の「中身」を辛口批評する

2012年01月16日(月)12時23分

 私は、アメリカから日本に帰国して帰国枠受験や高校編入後の通常の大学受験をする生徒も指導しているので、センター試験というのは他人事ではありません。基本的には、こうした「答えのある」ペーパーテストで、しかも「一発勝負」というのには否定的なのですが、指導をする上ではそうも言っていられないのです。

 そんなわけで、英語と国語の2科目を詳細に見てみたのですが、この2教科では出題の方針が全く違うことに今更のように気づかされました。

 まず英語の方ですが、何かと話題になるリスニングだけでなく、ペーパーの方でも「コミュニカティブ」と言いますか、内容的には日常会話であるとか、ビジネスっぽい言い回しであるとか、留学生活の上で遭遇しそうなシチュエーションなど、往年の「英文解釈、和文英訳」式のスタイルとはだいぶ違ってきています。

 中でも、ここ数年の特徴として自然科学を扱った英文にグラフやデータを混ぜたサイエンス的なテキストが出題されているのは評価されて良いでしょう。昨年はシダ類の話、今年は木材の水分含有量が季節変動するという話で半ばはサイエンス、半ばは木工業や建築関係の実学っぽい話で、設問が易し過ぎるという問題はあるものの、工夫の跡が見られました。

 工夫と言えば、ロックコンサートのチケットを注文する「ウェブサイト」を見て設問に答えるというものもありましたが、こちらは余りリアルではないこと、またそれ故に「実際のチケット購入サイトを見てみよう」という動機づけにはなりそうもない点で、サイエンス的な出題ほどは評価できません。ですが、少なくとも英語を使うということは「英語でウェブ通販の注文が出せること」も含まれるのだというメッセージを高校生に対して発信しているということだけでも意義はあると思います。

 勿論、リスニングも含めて会話が人工的に過ぎること、コミュニカティブといっても擬似的なもので、結局は過去問などの問題集を繰り返しやることとで対策になってしまうなど、いわゆる受験英語の枠を出るものではないのは事実です。このセンター試験の英語で高得点を取れたから英語での読み書きとコミュニケーション能力が判定できるということでは、全くありません。

 ですが、少なくとも「英語は話すもの」であり「現代のサイエンスでは英語が共通語」であり、とにかく日本の社会や各大学は「使える英語」を身につけて欲しいと思っている、そのことは、問題を見ているとメッセージとして痛いほど伝わってくるのです。

 一方で、国語の問題は何とも旧態依然とした内容です。四問あって、一つ目は精神病理学者の木村敏氏のエッセイ、二問目は井伏鱒二の小説、あとは古文と漢文が一問ずつですが、そこには全くのメッセージ性はないばかりか、どうにも首をかしげるような問題ばかりでした。

 木村氏のエッセイは、精神病理学の観点から哲学的な内容に触れたもので、特に「自己」と「環境」の「境界」が大事だという現代風のアプローチは、高校生に知的刺激を与えるとは思います。問題は設問です。とりあえずキーになるフレーズについての理解を確認したり、全体の文意を聞いたりしているのです。そして一見すると、一つ一つの選択肢は長文で、非常に複雑な思考を要求しているようにも見えます。選択肢同士の差は少ないので読めば読むほど「どれも本当に」見えてくるという仕掛けになっています。

 ですが、これは単純なパズルなのです。本文と突き合わせて「本文には登場しなかった情報・要素」を消去してゆくと、それぞれ一つの選択肢がしっかり浮かび上がってしまうのです。もっと言えば、本文の文意に一応の理解をし、想像力を働かせると「何となく文意として本文の延長にありそう」と感じられる種類の選択肢に引っ張り込まれてバツを食らうのです。逆に、本文の内容やロジックの追跡や応用という知的な操作に「ちっとも関心はない」が「テクニックとして消去法でパズルを解くのが解法だと叩きこまれた」人間は正答に辿り着くというようになっているのです。

 受験専門家筋からは「難問だ」などというコメントも出ています。確かに本文を理解しようとすれば大変かもしれませんが、パズルだと思えば解けてしまうわけで、受験問題の作りとしては拙劣だと思います。

 二問目の井伏鱒二の問題は、設問こそ文意を理解しているかが問える問題にはなっています。ですが、とにかくテキストが絶望的に暗いのです。職が不安定で自尊感情の揺れがちな若者を描いていて鱒二にしては切れ味も悪く、読んでいて陰鬱な気分になります。受験生は点数だけにしか関心がないので、内容が暗くても構わないのかもしれませんが、何とも気になりました。

 日本の企業社会は、長い間「ビジネスに役立つ本当の教育は企業が担う」などといって、「大学は入試で基礎能力の選別をしてくれればいい」とか「意味を問うことなく素直に暗号解読や情報の記憶を」する学生が好ましいなどと言って来ました。それを今になって、外国人の若者のほうが使えるなどと「裏切り」に等しいをことを言っているわけです。

 そうした時代状況を考える以前の話として、この「センター試験国語」の問題は何とかならないのかと思います。一番の問題がいい例で、これでは、基礎能力そのものの判定にもならないのではないでしょうか? 試験の直後でもあり、各予備校や新聞社は問題をサイトに公開しています。皆さん、是非一度ご覧になることを薦めます。

 それにしても、問題用紙が遅れたとか、リスニングの機械が足りなかったという話ばかりではなく、問題そのものが「求める人材像の能力要件」や「高校生への学習の方向性のメッセージ」として適切なものかどうか、そうした観点からの議論が必要だと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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