コラム

日本の「おもてなしビジネス」はアメリカ進出が可能か?

2011年11月25日(金)11時48分

 日本の製造業がもはや国際競争力を失う中で、その代わりにサービス業を産業の柱にしよう、ついては日本式のサービス産業を海外に輸出すべきだという意見があります。TPPが今後成立してゆく中で、日本の市場へとドンドン外資が入ってくるかもしれず、そうなるのであれば余計に新たな産業を外へ出してゆこうというのは、バランス感覚としては自然な話です。

 先進国型の市場で、日本以上にサービス産業のマーケットとして巨大な存在といえば、アメリカですが、ではアメリカでは日本流のサービス産業が成立する可能性はあるのでしょうか?

 結論から言えば、半分は可能性があり、半分はそのままでは難しいと思います。

 どうして日本のサービスに関する考え方がそのままアメリカでは通用しないのかというと、日本とアメリカでは、「ヒト」に関する社会慣習と価値観が大きく異なるからです。異なる部分は2つあります。

 一つ目は、労働に対する姿勢です。アメリカの勤労者の意識は、上級管理職になればなるほど成果主義が厳しい中で企業の利害のために必死で働きますが、週給制や時給制の勤労者になると、自分の家庭や地域社会における生活とのバランス感覚から、どうしても勤労イコール収入の手段という割り切りが強くなってきます。そうしたカルチャーの上に一般的なアメリカの労使慣行が成立しているわけです。

 これは例えばサービス産業の顧客に対するサービスの質に直接出てきます。サービスの現場というのは、決して高賃金の職場ではありませんから、残業はお断り、自分の責任範囲以外の仕事はお断りという勤務姿勢がどうしても自然になってきます。そこに「プラスアルファ」の「おもてなし」を付加してゆく、それも研修やマニュアルでそうした「ストレスがかかる」付加的なワークロードを義務付けていけば、労働市場の中で人件費は急速にカーブを描いて上昇してしまうわけです。

 二つ目は「パーソナルタッチ」を重視するカルチャーの存在です。この問題は、二重構造になっています。まず、人的なコミュニケーションの世界では、週給制や時給制の勤労者になればなるほど、ストレスのかかる職場環境を嫌います。できるだけ自然体の自分の延長でのリラックスした勤務ということを大事にします。ですから、何か頼まれごとをしても、あくまでマイペースになるわけで、お客様を待たせてはいけないので必死になるというカルチャーはありません。また、客の方も「相手の人格をすり減らしてまで自分に奉仕してもらうつもりはない」という「やせ我慢カルチャー」が多少あるということもあります。

 では、付加価値の高い、従って料金も高いし働いている人の人件費も高いという世界ではどうでしょう。ここでは、逆に「フレキシブルでパーソナルなことが贅沢」というカルチャーがあります。カジュアルな世界では、顧客をないがしろにしても平気な悪い意味でのフレキシビリティが許される一方で、高級なサービスでの場合は個人のパーソナルなコミュニケーションがもたらす、偶然性や自然さ、臨機応変性などが喜ばれるのです。

 勿論、「正確でキチンとした」という価値が全く無視されているわけではありません。ただ、正確性や画一性が「個人」とコンフリクトを起こすような「不自然な勤労」は、誰もやらないし、強制すれば非常に高くつくし、また個人がそのように「イヤイヤ」何かに従っているのを見てもお客の側はそんなに喜ばないという問題があるわけです。また画一的で機械的な匂いがすると「チープな」感じがして敬遠されるということもあります。

 例えば、レストランの接客に関しては、このあたりの問題を「チップ制」というシステムでクリアしています。基本給は最低賃金以下(州により違いあり)に抑える代わり、サービスに対する客の満足度が一種の歩合給として上乗せされるわけで、従業員としても「愛想を良くする」ことも忍従ではなく「カネのため」といいことで胸が張れ、経営者としては人件費の固定費化が避けられるのです。お客の側も、チップを払うことで「パトロン」的な心理を味わいつつ、サービス内容への対価を一種の納得感と共に支払うのです。

 勿論、この「チップ制」の背景には、アングロサクソン的な「主人と従者」という身分制、階級制の名残りがあるわけで、決して立派なカルチャーでも何でもないのです。ですが、企業経営者の一方的な命令で「固定給を人質に取られた忍従」としてサービスを提供するよりは「まし」ということだと思います。このシステムは、レストランやタクシー、ヘアカットなどの接客業では定着しているわけで、そこへ日本流の「無償のおもてなし」というカルチャーを持ち込むのにはムリがあると思います。

 その一方で、日本流の「正確でキチンとした」という部分が有効な分野もたくさんあると思います。公的交通機関の定時運行と遅延からのリカバリー、家や家電製品などの修理サービスにおける品質向上と時間厳守、小売店でのレジ精算プロセスの効率化・迅速化、外食産業でのキッチンの生産性向上、宅配サービスにおける迅速性・正確性といった分野については、アメリカの消費者は「安い給料で働いている人が怠けていても、あんまり怒る気になれない」というメンタリティで諦めているところがあります。

 逆を言えば、そこにメスを入れるということには、大変なニーズがあるわけです。労働条件強化になるのでコストとの兼ね合いですが、そこをシステム設計で乗り越えられれば、ビジネスチャンスはあると思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:雪解けは本物か、手綱握りなおす中国とロシア向

ワールド

米、イラン新指導者モジタバ師ら巡る情報提供に最大1

ワールド

トランプ氏、イラン濃縮ウランのロシア移送案拒否 プ

ビジネス

米国株式市場=続落、ダウ約120ドル安 原油高でイ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製をモデルにした米国製ドローンを投入
  • 2
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切りは常軌を逸している」その怒りの理由
  • 3
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド太平洋防衛
  • 4
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 5
    「イラン送りにすべき...」トランプ孫娘、警護隊引き…
  • 6
    『ある日、家族が死刑囚になって』を考えるヒントに…
  • 7
    有人機の「盾」となる使い捨て無人機...空の戦いに革…
  • 8
    「映画賞の世界は、はっきり言って地獄だ」――ショー…
  • 9
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 10
    謎すぎる...戦争嫌いのMAGAがなぜイラン攻撃を支持す…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 6
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 7
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 8
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 9
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 10
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 5
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 6
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story