コラム

デジタルかアナログか、アメリカの交通システムを考える

2011年06月20日(月)11時50分

 17日の金曜日のニューヨーク・タイムズに妙な記事が出ていました。何でも最近のニューヨークの地下鉄では、車内に電光掲示板で駅名表示が出るようになった一方で、車掌のアナウンスが減って寂しいという内容です。別に自動化が進むことでリストラが発生するとか、深刻な話ではなく、単に人の声での生のアナウンスが減るのは機械的で冷たいというような他愛ない話です。

 確かに、ここ10年ぐらいかけて、ニューヨークの地下鉄は車両の更新が進んでいます。日本の川崎重工業が現地生産している車両や、外装にJFEが開発したという「落書き防止の特殊鋼鈑」を使っているものなど、日本の技術も入っているそうです。外装だけでなく内装も好評で、そうした車両も含めて、「問題の」電光掲示板は少しずつ増えているのです。

 具体的には、1番から始まる「番号式」の路線を中心とした小型車両の場合は「次の駅名」が電光掲示される方式、Aトレ(「A列車で行こう」で有名な路線)から始まる各線の大型車両の場合は「前後いくつかの駅名と終着駅」が順にローテーションされていく掲示で、どちらも分かりやすいものです。

 決してこの電光掲示の評判は悪くないのですが、問題は自動化音声のアナウンスです。自動化音声アナウンスというのは、日本では普及していますし、アメリカでも空港のモノレールなどでは別に珍しくも何ともないものです。では、どうしてこの新聞記事では「非人間的」とか「悪しきテクノロジー」という話になるのかというと、そこにはよく言えば「ニューヨークの地下鉄」という伝統への誇りのようなもの、悪く言えば「ニューヨークの地下鉄は特別」という力の入り方があるということでしょう。

 であるならば、基本的には自動化音声で駅名アナウンスをして、要所要所では車掌によるアドリブ的なものを交えた生のアナウンスを入れる、そうした混在をさせれば良いのではと思います。実際に日本では、JRの新幹線や優等列車でいろいろな形で行われていますが、自動化音声で必要な停車駅案内をした後で、生の人声で「本日の乗務員」の自己紹介をして人間味と言いますか、パーソナルな感じを出している、そんな風にやれば良いように思うのです。

 ところが、アメリカの交通システムでは、ものすごく遅れた人手の仕事を延々と続けたかと思うと、自動化を始めるとどんどん新しいシステムを入れていって、完全自動化をしてしまうという極端さがあるように思います。例えば、中距離通勤電車の運行などでは、日本のようなATS(自動列車停止装置)などが未発達な一方で、一部にはGPSで鉄道の運行を集中管理するというこれまた極端な自動化を進めようという動きもあるのです。

 デジタル化するならば、何でもかんでも自動化してしまい、ヒューマンな部分は駆逐してしまう、アメリカの交通システムは(それだけではなく銀行のリテールとかもそうですが)そうした傾向があるように思います。デジタルと人間の混在でうまく全体のシステムをつくっていくというよりは、自動化原理主義のような方向性です。

 先週の金曜日の深夜には、ユナイテッド航空のコンピュータシステムがダウンし、成田発着など国際線を含む全便が6時間近くマヒするというトラブルがありましたが、これも過度の自動化がもたらした脆弱性という評価ができそうです。予約システムやチェックインシステムなどがダウンしただけなら分かりますが、乗客を乗せてゲートを離れてイザ離陸という段階の便まで、滑走路上で立ち往生してしまった、報道によればそんな事態もあったそうです。

 旅客機は離陸の直前に、チェックインした乗客数に荷物の総重量を加えた「ペイロード」を目的地まで運べるかどうか、運行計画をチェックして十分な燃料があるか最終確認をするわけです。ですが、その際にオンラインシステムが落ちてしまったために自機の「ペイロード」が分からなくなった、従って目的地までの燃料を確認することができずに離陸できなくなった、報道によればそんな解説がされています。

 これなども、ペーパーレスは良いにしても、ドアをクローズしてゲートを離れたら「ペイロード」は確定するのですから、その時点で本社のコンピュータデータを飛行機のローカルのデータにコピーして、以降はいちいち本社のデータをオンラインで見に行かなくても飛べるような運用が自然ではないでしょうか? 仮に報道の通りだとしたら、危機管理上も問題だと思います。

 アメリカのITというのは、各社共に社運をかけて開発スピードを競っています。ですから、3月に問題を起こした「みずほ銀行」のように、老朽化したシステムを無理に繋ぎ合わせて全体のロジックが複雑化するような運用は「無理に」しません。金融にしても交通にしても、必要だと思ったら思い切って身軽な新システムを作ってしまったり、思い切って機能拡大をしたり、その際に必要ならデータの大規模な移行もやってしまうなど、スピード感があり、ダイナミックなのは確かです。

 ですが、往々にして過剰スペック、過剰な自動化をやってしまい、それがサービス低下や脆弱性になってしまうことがあるわけです。客観的に見れば、ITの利用ということではアメリカのほうが日本より先進的であり高効率だと思います。ですが、ITと人間の混在と言いますか、自動化して効率を求める部分とヒューマンな部分を残すべきところのバランスは決して上手く行っていない、そんな印象があります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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