コラム

松尾文夫氏の「相互献花外交」提言をどう受け止めれば良いのか?

2011年02月09日(水)11時32分

 長年にわたってアメリカ・ウォッチャーの一人者である松尾文夫氏は、共同通信社の常務を退いてからも、日米中3国関係の将来に向けて様々な警鐘を鳴らし続けています。その松尾氏が、雑誌『中央公論』2月号(発売中)に『歴史和解の不在が日本外交の躓きの石〜対米、対中、対ロ。どこを向いても不安定』という長編の寄稿をしています。数日前に、氏自身が記事とともに私に感想を求めて来られたのですが、その文章の迫力のために、ここ数日はこの論文が全身に重くのしかかったような感覚で過ごしたことを告白しなくてはなりません。

 本稿では、松尾氏の提言の要約をご紹介しながら、自分たちの世代としてこの提言を受けて何ができるかを考えてみたいと思います。松尾氏の提言は3つの部分から成っています。第1は「相互献花外交」の提言です。日本国内に期待のある「オバマ広島献花」と同時に、日本の総理大臣による「真珠湾アリゾナ記念館献花」を行い、真珠湾70周年の「ケジメ」をつけよという提言です。

 趣旨は同氏の『オバマ大統領がヒロシマに献花する日』(小学館新書)に詳しく述べられていますが、特に今年予定されているハワイAPECで各首脳がアリゾナ献花をする「前」に日本の首相が日米和解の献花をするよう、真剣に検討がされるべきだと言うのです。APECの際に日本の総理が、胡錦涛、メドベージェフと並んでの献花になるようでは全く無意味だという指摘は重要です。また、今回の提言では、来るべき総理公式訪中の際に「南京献花」を行うことも提言しています。

 第2は、歴史認識における条約や戦後政治のプロセスの厳格な見直しという点です。特にサンフランシスコ講和60周年に当たる今年、改めて講和の内容を正確に検討する中から、「ケジメ」をつけていくべきだという提言です。具体的には、韓国とロシアはサンフランシスコ講和の対象外であることから、日本は2国間関係としての「ケジメ」を真剣につけるべきだとして、ロシアとは極東資源開発における経済協力の糸を切らすなという点、韓国に関しては「独立時の戦略が甘かったために結果的に北半分を失った責任」をアメリカには感じている勢力があり、その贖罪意識に「負けずに」何らかの「ケジメ」をという指摘をしています。

 第3は、普天間に関する4つの具体的な提言です。(1)辺野古は棚上げし、米軍再編の更なる再検討という「可変部分」の具体化を待つ。その「可変」部分こそ日米同盟の「深化」と位置づける。(2)短期的には普天間の騒音や危険防止対策をより徹底。(3)一方で、嘉手納以北の在沖基地は「必要悪」として改めて県民に受け入れてもらう。(4)琉球処分以降の本土政府の対沖政策を謝罪し、沖縄を「和解の島」として近い将来に日中韓の首脳会議の開催地とする。という4点です。

 まず、直近の問題としては3番目の普天間に関する提言があります。私もこの問題については色々と考えてきましたが、松尾氏の整理については「この線しかないのではないか」と思わせるものがあります。本土の世論は、尖閣の問題を「感情的な反中」で捉え、沖縄本島に関しては「反基地」に情緒的な理解を示すことで、勝手なナショナリズムを沖縄に投影しているだけです。このまま放置していけば、沖縄は左右に引き裂かれるか、自主防衛の名のもとに緊張拡大の最前線を引き受けさせられるわけで、(2)から(4)に示されたような姿が唯一現実的であると納得させられました。この中で(1)は少々腹芸めいた表現ですが、アメリカが「軍事費も聖域化せず」という方針で激しい財政圧縮を開始した今、もう少し様子を見ながら「フォーメーション」の姿が変化することを計算に入れて交渉せよというメッセージと、私は読み取りました。

 今回の松尾提言の中で重たいのは、やはり冒頭の「相互献花外交」です。私は同氏の『銃を持つ民主主義』という本で、この思想に触れて以来、この過去への「ケジメ」という思想には深く共感している者です。この論文のサブタイトルが意味するように、「対外的には謝罪を続け、対内的にはナショナリズムに便乗する」という政治の惨めな分裂、その結果としての外交破綻は、全てこの「ケジメ」の欠如から来ているからです。今回の提言に関しては、福井市の空襲でB29の焼夷弾爆撃の中を生き延びて来たという松尾氏の思想を、昭和を知らない世代へと継承してゆくために、橋渡しをしてゆかねばという思いを新たにしました。

 世代を越えて提言を継承してゆくために、私は3点指摘をしておきたいと思います。1点目は、相互献花の日本側が総理大臣でいいのかという問題です。松尾氏の見解は明快で、現行憲法の精神からすれば「相互献花」という政治的・歴史的に「意味のある」ものであればあるほど、皇室は切り離すべきだということになります。1つの正論ではあります。ですが、国外からすれば、そうした歴史的な献花というのは、天皇という存在が登場してはじめて畏敬と真剣味が出てくるのです。国内的にも全く軽い存在となり下がった首相の「献花」では国民の総意を託すのは難しいように思います。オバマのヒロシマ献花に対する米国内の反対論を抑えるにも、天皇献花という「対称性」が決め手になるのではないでしょうか?

 第2は、対中国の「ケジメ」は南京だけでいいのかという点です。日本サイドの一般市民の戦争犠牲者への「献花」も行って「相互献花」に持って行きたいところです。その場合に「千鳥ヶ淵」や「靖国」ということでは、軍人軍属の犠牲者が対象で一般市民ではありません。そこで、南京は当時の中華民国の首都だったわけですから、それと対比させるために東京大空襲の慰霊施設を整備することにし、精神としては少年時代の松尾氏の遭遇した福井をはじめ他の都市の空襲犠牲者等も併せて追悼する形として、そこに日中首脳、できれば中国の国家主席と日本の天皇が共同で献花をするというような構想があってもいいように思います。「南京献花」だけではいくら「ケジメ」と言っても非対称性が残ってしまいます。

 3点目は、日韓のケジメです。ここでも「対称性」をどう確保するかが鍵です。例えばですが、日本が天皇名でより具体的に植民地支配の謝罪を行う一方で、韓国側も、例えば伊藤博文に対して悲劇の犠牲者として最低限の礼節を示すというのは不可能でしょうか? 伊藤は、朝鮮半島領有への道筋となった日露戦役にも消極的でしたし、併合案にも慎重であった人物、しかも明治維新の功労者です。その暗殺犯である安重根を人格者ゆえに英雄視するというのは止められないにしても、相手方要人の暗殺を半ば国是のように肯定し続けるというのは、隣国間の関係として何とも不安定です。その点をもって「対称性・相互性」とするというアイディアです。勿論、時間をかけて両国での賛否両論を尽くしてということで構わないと思います。

 最後の3点は、あくまで私の私見であり、松尾論文はそうした枝葉末節に入らないことで主旨をストレートに訴えているとも言えます。いずれにしても、現在のように混沌とした国内・国際情勢の中で、真剣に検討する価値のある内容と思います。一読をお勧めします。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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