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冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代
坂本龍馬を「再発見」したアメリカ人学者の情熱とは?
NHKの大河ドラマ『龍馬伝』が完結しました。アメリカでも衛星放送の「TVジャパン」経由で放映されていたのですが、演出演技共に全く飽きさせない内容だっただけに、毎週日曜の楽しみが無くなって少々寂しい思いがします。ところで、ドラマの中で坂本龍馬は一旦世間から忘れられていたのが、高知の新聞記者が龍馬を知る人物に取材して連載読み物にしたというエピソードが出てきます。では、その後は龍馬は今のように有名だったのかというと、必ずしもそうではないようで、国民的英雄になったのは1963年から65年にかけて刊行された司馬遼太郎氏の小説『龍馬がゆく』以降でしょう。
この小説も北大路欣也さんの主演で大河ドラマになっていますが、では、司馬氏はそもそも龍馬について関心を寄せていたのかというと、そうでもなく、一説によるとその直前に発表されたアメリカの歴史家マリウス・ジャンセン先生による長編論文『坂本龍馬と明治維新("Sakamoto Ryoma and the Meiji Restoration", 1961)がきっかけだという説もあるのです。ちなみに、ジャンセン先生は私の住むプリンストンのコミュニティでは、2000年の12月に亡くなられてもう10年になる今でも伝説の日本学者として尊敬されており、私は直接面識はないのですが「先生」と呼ばせていただくことをお許しください。
実際に司馬氏がジャンセン論文を下敷きにしたという証拠はないのですが、ジャンセン論文の成立には「坂本龍馬の生き字引」といわれた平尾道雄氏という土佐の歴史家が協力しており、ジャンセン先生自身が何度も高知を訪れているそうです。平尾氏は日本語版の翻訳も行っていますが、何と言っても土佐山内家の史料編纂を長年担当していた存在です。司馬氏も平尾氏に協力を求めた可能性は濃厚だとすれば、その時期には出たばかりのジャンセン論文のことが司馬氏にも伝わっていたと考えるのが自然でしょう。ジャンセン論文があったから、司馬氏が『龍馬がゆく』を書いたというのは言い過ぎですが、ジャンセン論文の良く整理された構成から来る説得力は、司馬氏の龍馬像にも影響を与えたのはほぼ間違いがないと思います。
その『坂本龍馬と明治維新』ですが、学術論文とはいうものの読みにくさなど全くない、実にスリリングな読み物です。例えば、龍馬が勝海舟を暗殺しに行って、その場で心服させられるシーンなどは、
"What was there about Katsu's explanation that impressed Sakamoto so deeply?
The details of the conversation cannot be reconstructed, but we can safely
assume that the discovery of Katsu's patriotism and resentment of the
Western demands helped to stay the assassins' swords." (スタンフォード大学出
版局版164ページ)
「勝の説得のどこが坂本にこれほど深い感銘を与えたのであろうか。話のこまかい内容をここに再現することは不可能だが、勝の愛国の熱誠と西洋側の要求に対する憤慨をみて、それが暗殺者たちに剣を抜かせなかったのだということだけは、推測して間違いないだろう。」(平尾、浜田訳、昭和48年新版167ページ)
などという調子で、実にヴィヴィッドに描かれているのです。
こうした「読ませる」文体に加えて、平尾氏と共に史料を探っていった中で龍馬や中岡慎太郎の直筆の手紙を読み込んで、例えば龍馬と姉乙女との関係を見てゆくなかから、彼等の人物像に迫るといういわばディテールからのアプローチと、「尊皇攘夷のナショナリズムが合理的な開国近代化に転じたのはどうしてか?」という問題意識を持ち続けた大局的な観点がうまく整合しており、ドラマ同様のダイナミズムを感じることができるのです。この点が、司馬氏の龍馬像も、今回の福田靖氏脚本の龍馬像もジャンセン論文がルーツなのかもしれない、そう思わせる理由です。
この「マクロな視点」についてのジャンセン先生の結論ですが、尊皇攘夷の熱狂が志士たちを独立独歩の英雄気取りにさせる一方で、龍馬にしても薩長にしても商業との親しみから来る経済合理性が冷静で合理的な視点を与えたという解釈です。(これまた今回のNHK版そのものですが)ここには、60年代という冷戦期にあって、明治維新が階級闘争だったという左派史観を何とか論破したいという政治的動機も感じられ、その辺の「思い込みと思い入れ」が強すぎるという批判も可能でしょうが、とにかくその点も含めて、現代日本の「龍馬像」に深く影響を与えているのは間違いないでしょう。
ジャンセン先生といえば、亡くなった文芸評論家の江藤淳氏が、正にその60年代前半にプリンストン大学に研究生そして講師として在籍していた際に接点がありました。江藤氏が帰国後に書いて話題になった『アメリカと私』というエッセイでも、最初のアパート探しの時点から、江藤夫妻がジャンセン先生夫妻と親しくしていた様子が出てきます。ただ、江藤氏はそのエッセイの中で、ジャンセン先生に関しても「イタリア系」だから「黒人との相性が」うんぬんとか、他の大学関係者や学生に関しても不自然なほど「失礼」なことを書いてしまっています。ここプリンストンの大学コミュニテイでは、そのために後に「大物」になった江藤氏に対して冷ややかな視線が残っていたのは事実のようです。
この件に関しては、最近復刊になった『アメリカと私』の文庫版で、他ならぬ加藤典洋氏が「滑稽な劇を演じ、ドンキホーテにならざるを得ない」として「読んでいて、よい気持ちがしない。」と厳しく指摘しつつも「いいよ、許す。書きなさい。(改行)筆者の中の誰かが、三十歳の白面の敗戦国の青年(筆者注、1960年代の江藤氏のこと)の、背中をたたくのを、感じる。」と加藤氏らしい入り組んだ述懐を述べておられます。
私は世代的にも在米経験の長さから言っても、江藤・加藤両氏のそれぞれの態度について、もう少し突っ込んだ評価をいつかはしなくてはいけないと思っています。ですが、そうした「日本、アメリカ、アイデンティティ、敗戦国と戦勝国」といった議論を抜きにして、ジャンセン論文の「龍馬像」は大したものだと思います。それはたぶん、龍馬にのめり込むことによって、アメリカ人でも日本人でもない「人間坂本龍馬」に対してジャンセン先生が惚れ込んでしまったからなのでしょう。歴史研究として時にこうした態度は危険ですが、少なくともこのケースだけは否定できないように思います。
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