コラム

鳩山政権は環境技術を応援する気持があるのか?

2010年02月10日(水)12時14分

 昨年の12月30日に、鳩山内閣は、「新成長戦略(基本方針)、輝きのある日本へ」を閣議決定しています。その中にはこう述べられています。「グリーン・イノベーション(環境エネルギー分野革新)の促進や総合的な政策パッケージによって、我が国のトップレベルの環境技術を普及・促進し、世界ナンバーワンの「環境・エネルギー大国」を目指す。(中略)蓄電池や次世代自動車、火力発電所の効率化、情報通信システムの低消費電力化など、革新的技術開発の前倒しを行う。」

 新政権には成長戦略が欠けている、そんな批判をずいぶん浴びてからの発表だけに、こうした文言はかなり真剣に受け止められたように思うのです。それから40日も経たないうちに「世界のトップレベルの環境技術」であるがゆえに、その技術的限界の領域で「旧世代のガソリン車とは違う運転感覚」を批判されているプリウス叩きの大合唱が始まりました。これに対する首相以下の対応は、「輝きのある日本へ」とは全く一貫性がありませんでした。

「出来るだけ早く、率先して、国民や世界の人たちの安全のために、努力をされるべきだと思います」(鳩山首相、9日)

「トヨタとして、顧客、ユーザーの視点に立った機敏な取り組みが欠けていた」(前原国交相、9日)

「この問題が自由な国際競争をゆがめるようなことになってはならない。冷静な対応が必要だ」(同じく前原国交相、翌日にルース米国大使との会談を控えての発言)

 とにかく「プリウスは危険」という感情論に付和雷同して、その「トップレベルの環境技術」の対外イメージや国内イメージを守ろうとしない、これは一体どういうことなのでしょう。「次世代自動車の革新的技術開発の前倒し」どころか、こうした「反エコカー」の「空気」を蔓延させていては、不況脱出後に全世界で始まるであろう環境技術の革新競争で負けてしまうでしょう。「環境・エネルギー大国」など夢のまた夢です。

 繰り返し申し上げているように、プリウスのブレーキシステムの仕様は変更すべきだと思います。また、一連の問題に関して、トヨタの世論とのコミュニケーションは、アメリカでも日本でも上手く行っていません。一番の問題は、「高度に技術的な解説を行うと、お客様が混乱するので控える」という姿勢で情報公開を怖がっていることです。こうした状況において政府のすべきことは、問題は問題として指摘しつつ、国として環境技術の最先端を維持しようとするのなら、今回の問題が「回生ブレーキ(電気ブレーキの一種)、摩擦ブレーキ併用システム」という最先端であるがゆえに起きたこと、そしてメーカーとユーザーが一体となってこの技術を改良し育成してゆくには、トヨタがもっと情報公開をするように支援してゆくことだと思うのです。

 トヨタが「技術的な説明をしては、偉そうに見えてしかも弁解がましい。ここは平謝りしかない」と思い詰めている(または三流の「危機管理コンサルタント」の言いなりになっている)中で、非難の合唱に連なって「ユーザーの視点」などとお説教を加えるのは政府の役目ではありません。何が起きているのか、何をどう改善するのか、問題が起きている部分が環境技術にとってどんな価値があるのか、といった問題でキチンとした説明をトヨタが行うよう、しっかりと指導し支えるべきです。

 この問題でルース大使に「冷静な対応を」と申し入れる予定、というのも良く分かりません。米国はトヨタの問題を、現生産比率を高めているだけでなく、ディーラーやサービスなどで大きな雇用を生んでいる「アメリカでの企業活動」として問題視しているのです。勿論、そこには多少ダブルスタンダードがあって、漠然とですがGMやフォードなど「国産勢」の復権と雇用拡大を結びつけたいという裏の思惑も見え隠れするのですが、建前として米国政府は「アメリカ社会の一員のトヨタ」への指導や忠告という姿勢を崩してはいません。またアメリカの世論の間には、日本の世論と全く同じように「トヨタ車の好感度低下」は起きていますが、不買運動などは起きる気配もありません。嫌なら買わねば良いだけで、トヨタの姿勢に怒って他人にまで「買うな」と言って騒ぐ人が出現するような状況ではないのです。

 そもそも、10日(米国東部は大雪の予報が出ており、延期されるようです)にワシントンで行われる米議会のトヨタ問題公聴会に関しても、トヨタは「米国社会の一員」として「社会的責任を果たします」という姿勢でのぞむストーリーのはずです。にもかかわらず、その前に日本で「不買運動やバッシングは止めて欲しい」という含みで「冷静に」などと外交ルートで申し入れるというのは、奇妙な話です。と言いますか、アメリカ的な発想からは不快感を招く危険すらあります。「アメリカ議会としては、アメリカ社会の一員であるトヨタの問題を公正に審理しようとしているのに、日本の政府が圧力をかけている」というイメージを与えることは、トヨタの足を引っ張る可能性があるのです。

 本稿を書いている最中にも、アメリカではネタを切らさないようにという何者かの意図でもあるかのように、今度は「新型カローラの電動パワステの不具合」が騒がれています。ここでもトヨタは「電動式は油圧式とは多少挙動が異なる」ことや「ある種の症状が出たらディーラーの点検を受けるべき」ということをしっかり言って来なかったようで、その点は深刻に反省すべきだと思います。ですが、そもそも電動パワステという技術は、「軽四」の非力なエンジンでは、重いハンドルを軽くするための油圧にパワーが割けないことから、様々なトラブルを経験しながら日本のメーカーと部品メーカーとユーザーが30年近くかかって育ててきた技術です。

 とにかく、電動化によって燃費の向上は明らかであり、この技術も日本として「輝く」ためには守りつつ育ててゆかねばならないものです。トヨタは、ここでも説明不足のツケを払わされるでしょうが、少なくとも「電動パワステ=危険」という偏見は間違いであり、今度こそ日本の政府やメディアは、技術立国ニッポンに対する自傷行為は止めていただきたいと思うのです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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