コラム

ボーイング787初飛行に思う、日本が旅客機ビジネスをやらない理由はない

2009年12月18日(金)13時03分

 当初のスケジュールから2年以上遅れて、ボーイング社が「ドリームライナー」と銘打って開発中の「787」がようやく初飛行を行い、米国シアトル郊外のボーイングの自社滑走路から離陸し、高度5000メートルの中空を飛んでテストは成功だったようです。

 私はこのニュースを聞いて、大変に複雑な思いがしました。まず、787の売り物である燃料効率を考えると、どうして昨年の原油高に間に合わなかったのか、そしてリーマンショック以降の世界不況前にしっかり間に合わせることができなかったのかという思いです。原因は、様々な報道を総合しますと「国際分業におけるスケジュール管理の失敗」であるとか「主翼の取り付け部分の強度不足」であったようです。

 後者に関しては、揚力の負荷が変動する際に主翼の取り付け部の「伸び縮み」を吸収する構造に不具合があったというのです。コンピュータソフトでのシミレーション結果に基づいて試験機を組み立てて、地上走行させて離陸前の揚力発生をさせてみたら「これはマズイ」ということになったようです。こうした部分は、航空機設計の中核技術ですから、ボーイングには優秀な技術者がいるのだと思います(イタリアの協力企業に責任転嫁するような報道もありますが)。ですが、少なくとも普通に考えてコンピュータでシミレートしただけで作って、出来てみたらダメなどというのは製造業のR&D手法としておかしいとしか思えません。

 通常は、原寸の何分の1かの模型を作ってチタン素材や炭素繊維がどんな伸び縮みをするのか、温度、気圧、経年変化はどうか、色々やってから実物大のテスト機を作るのが常套手段だと思うのです。この点は「IT革命後の安易なモノ作り」をやった結果のミスとしか言いようがありません。まして、多国籍分業の失敗に至っては、いかにもアメリカのダメ企業の典型で「契約書にサインしているのだから、納期遅れが出れば告訴すればいい」的な安易な契約概念で文化や商慣習の違いを無視して「丸投げ」していたということは容易に想像ができます。

 そういえば、ボーイングが断念した超大型機市場で先行しているエアバスのA380も開発の遅れが出ましたが、その際には機内の電装系統の「ワイヤリング(配線)」がうまく行かなかったからだというのです。しかし、航空機というのは「フライ・バイ・ワイヤ(油圧などのメカではなく電気信号で操縦する)」思想の導入後はある意味では電気製品なのです。電気製品の配線というのは設計の中核であって、回路図を早期に確定し、配線を全部洗い出し、必要なワイヤの太さ、長さ、相互干渉、曲げ部分の強度、保守点検が容易にできるような簡素な取り回し、場合によってはプリント基板化によるワイヤの追放などを早期に設計として固めてしまうのが定石でしょう。配線の確定が機体構造に反映するのは言うまでもありません。それが上手くいかなかったというのは、設計チームが無能だったとしか言いようがありません。

 日本の製造業だったらこんなミスはしないはずです。というと、多くの日本人はイエスというでしょう。ですが、本格的な民生旅客機ビジネスに参入しようというと、多くの人が躊躇するようです。言い訳はたくさんあります。

 巨額な長期資金が必要、世界の景気変動をモロに受ける、軍需産業と抱き合わせでないと利益が出ないし日本ではそれは禁じられている、アメリカの怒りを買うから止めておいた方が良い、事故が起きたらイメージダウンになる・・・。

 しかしこうした理由は全て言い訳に過ぎないと思います。現在、三菱重工業が「MRJ」プロジェクトと銘打ってリージョナルジェットの開発を進めていますが、その結果を見てなどと悠長なことを言わずに、私はこのボーイング787、そしてそのライバルになるエアバスのA350のような「中型ワイドボディ機」のマーケットにドンドン参入すべきだと思うのです。とにかく、燃料効率と信頼性さえあれば勝てる商売であり、これに納期厳守といった「業界ではあり得なかったような」付加価値がつけば、十分に戦えると思います。

 現在、日本の多くの製造業はどんどん海外駐在員を引き上げています。再三申し上げているように「変革期であるからこそ全地球レベルでの情報収集」が企業活動の生命線であるのに、全くそれと逆行している様子を見ると、個人と同じように企業も緩慢な自殺に向かっているように思うのですが、それでも現在の日本は「国際分業」のノウハウはまだ持っていると思います。少なくとも、ITを過度に信頼しない素材や構造に関する開発ノウハウも、そして電気機器の回路設計と配線設計などもまだまだトップレベルだと思うのです。

 少なくとも、宇宙開発を何らかの形で続けていくのであれば、その派生的な効果として旅客機ビジネスの技術開発があり、そこで投資した資金の回収が行われる必要があると思います。ちなみに、787の場合は、日本企業の担当比率が35%と高くなっているのだそうです。それで十分ビジネスになっているではないか、という意見もあるかもしれません。ですが、協力企業ベースで参加するのと製造メーカーとして最終売り上げを受け取るのでは、経済波及効果は天と地の格差があると思います。

 とにかく、エコカーブームで自動車産業には変化が出てきています。少しでも速く、少しでも快適に、少しでも遠くへという夢を失ったエコカーは、急速にコモデティ化するでしょう。その限界を乗り越えて、日本経済が前進するために「旅客機製造業」への本格参入を提言したいと思います。もしかしたら問題は、こうした大型プロジェクトのファイナンスが難しいということ、これが最大の難関かもしれません。本来なら郵貯のカネなどがこうした生きた投資に回るべきだったのですが、今は難しくなっているからです。

 それはともかく、ファイナンスの問題をクリアするためにも、最終的にはエアバス方式(英独仏西4カ国の多国籍企業)にならって、日中韓3カ国のプロジェクトになるのかもしれません。ですが、やはり今は日本単独でやるべきです。今ならまだ人材も残っています。ノウハウも残っています。但し、時間は余り残っていません。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

インド競争委、米アップルの調査報告書留保要請を却下

ビジネス

減税や関税実現が優先事項─米財務長官候補ベッセント

ビジネス

米SEC、制裁金など課徴金額が過去最高に 24会計

ビジネス

メルクの抗ぜんそく薬、米FDAが脳への影響を確認
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではなく「タイミング」である可能性【最新研究】
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 5
    寿命が5年延びる「運動量」に研究者が言及...40歳か…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 10
    「典型的なママ脳だね」 ズボンを穿き忘れたまま外出…
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 10
    2人きりの部屋で「あそこに怖い男の子がいる」と訴え…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story