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【写真特集】50年前の沖縄が発する問い
A SUBJECTIVE TAKE
Photographs by TOYOMITSU HIGA
米軍ハンビー飛行場のフェンスが続く軍道1号線脇で、スイカを売る女性。米軍払い下げのパラシュートを利用した日よけテントが風に揺れる(北谷町)。第2次大戦末期、米軍がこの地から上陸して市民を巻き込む悲惨な地上戦が始まった。米軍は占領後すぐに土地を接収し基地を建設した
<写真に残された50年前の現場は問い掛ける、歴史の残滓から解放されない沖縄にいま何をすべきかと>
沖縄復帰前後、本土から報道カメラマンや写真家が押し寄せ、沖縄で撮られたおびただしい数の写真がメディアをにぎわせていた。当時、琉球大学の写真クラブで活動する学生だった比嘉豊光は、よそ者の視点で「撮られる」沖縄に違和感を覚え、地元生まれの自らが「撮る」主体として沖縄に向き合った。
路線バスや車の車窓から、切れ目なく続く米軍基地のフェンスやサトウキビの収穫など、生活の中でなじみの深い「当たり前の風景」をフィルムに焼き付けた。全沖縄軍労働者組合(全軍労)の闘争は、年齢の近い青年部の運動員たちと寝食を共にして、内側から揺れる社会とその矛盾を切り取った。
比嘉は撮った写真を自らの所有物とはせず、現場で撮られる側だった人々に見せ、出来事や背景について語り合い共有する。これを「写真を現場に返す」と比嘉は表現し、そうすることで写真に「マブイ」(沖縄の言葉で「魂」)を込めると言う。私たちは写真に導かれて比嘉らが暮らした半世紀前の現場へ戻る。すると、マブイからの問いが聞こえる。歴史の残滓からいまだに解放されない沖縄に、いま何をなすべきなのか、と。
――片岡英子(本誌フォトディレクター)
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