コラム

芸人的にもアリエナイ、トランプ・ジョークの末路

2016年10月26日(水)16時00分

 一方、党大会でメラニア夫人がオバマ夫人の演説をパクった騒動が記憶に新しいトランプは「メディアは偏っている!例えば、オバマ夫人が演説を行うと大絶賛なのに、メラニアが全く同じ演説をすると大ブーイングじゃないか!」と、爆笑をとった。後に、このジョークはあるコメディアンの持ちネタだったことが発覚した。つまり、パクリを題材にしたこのジョーク自体がパクリだったが、それも含めて、僕はこれが今回のベストジョークだと認定します。パックン賞は不正を問わない!

 でも、ここでウケた分だけ、後の発言に激怒することになった。

「ヒラリーは汚職しすぎて、ウォーターゲート特別委員会からも追い出された」というのは最低の一言。ヒラリーは確かに一時期特別委員会のメンバーだったが、クビになったわけではない。でも別に事実と異なっているから怒っているのではない。トランプの無根拠な他者への誹謗中傷には十分慣れ親しんでいる。僕が怒っているのはジョークとしての酷さだ。

【参考記事】元大手銀行重役「それでも私はトランプに投票する」

 この発言は「Aは○○過ぎて、Bからも××」という昔からある典型的なジョークの形をとっている。このパターンは、Bが「○○」の特徴の代表的な存在だから成り立つものだ。例えば、「僕が太りすぎているせいか、クジラウォッチングに行くと、クジラからずっと珍しそうに見られるんだ」というジョーク。上記の方程式でいうとBに当たるクジラは大きい生き物ものの代表的な存在。そんなクジラでさえ見たくなるほど、Aに当たる僕が大きくなった、という大げさな表現にオチがある。「鯨より大きいのかよ!」と突っ込まれるところだ。今適当に作ったオリジナルジョークで、日本人には笑えないかもしれない。でも、結構悪くない。僕にもパックン賞!

 しかし、トランプの"ジョーク"でBに当たる「ウォーターゲート特別委員会」に汚職のイメージは全くない。逆に評価されているくらいだ。クリーンな委員会なら、ちょっとでも汚職していれば当然追い出されるだろう。しかしこれは、「年を取りすぎて、幼稚園から卒業させられちゃった」というようなごく普通の出来事であって、ジョークとして成立しないんだ。こんなもので笑えない!

 ジョークに似せて、こんなに笑えないものを出されると、食品サンプルを本気で食おうとしたときと同じぐらいショックを受ける。これは酷い。

 もう決めた。絶対トランプに投票をしない。

 品のない発言でアメリカ大統領候補の名誉を汚してもいい。民主主義の基盤を揺るがしてもかまわない。真っ赤な嘘だらけの個人攻撃をしても気にしないよ。でも、お笑いのルールを破ったら一生許さないからね!

<イベント開催のお知らせ>
ニューズウィーク日本版創刊30周年記念スペシャルイベント〜ジャーナリズム・米大統領選・国際情勢〜

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アングル:スイスの高級腕時計店も苦境、トランプ関税

ワールド

ルビオ氏「日米関係は非常に強固」、石破首相発言への

ワールド

エア・インディア墜落、燃料制御スイッチが「オフ」に

ワールド

アングル:シリア医療体制、制裁解除後も荒廃 150
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「裏庭」で叶えた両親、「圧巻の出来栄え」にSNSでは称賛の声
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 5
    トランプはプーチンを見限った?――ウクライナに一転パ…
  • 6
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、…
  • 7
    セーターから自動車まで「すべての業界」に影響? 日…
  • 8
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 9
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 10
    日本人は本当に「無宗教」なのか?...「灯台下暗し」…
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 6
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 7
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    孫正義「最後の賭け」──5000億ドルAI投資に託す復活…
  • 10
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story