コラム

アメリカ音楽に深く影響を及ぼしていたインディアンの文化『ランブル』

2020年08月06日(木)16時30分

インディアンと黒人の文化が混ざり合う

舞台はノースカロライナ州にあるマンク・プランテーションに変わり、インディアンのヴォーカル・グループ、ウラリと、オカニーチ族や黒人など複数の民族の血を引くマルチインストゥルメンタリスト/シンガーのリアノン・ギデンズが家のポーチで共演する。そこでは、インディアンと黒人の文化が混ざり合っている。

ウラリのメンバーであるピュラ・フェイは、プランテーションや奴隷制度が始まる前の古い音楽のスピリットを今も感じるという。これに対して、バンジョーで参加したギデンズは、その楽器について「バンジョーはアフリカ由来の楽器。この楽器の誕生後100年間は白人の楽器ではなかったの」と語る。

字幕に反映されていなようなので補足しておくと、彼女は、白人の楽器になる前はプランテーションで演奏される楽器だったと語っている。アフリカから持ち込まれたバンジョーと、フィドルなどヨーロッパに由来する楽器がプランテーションで奴隷によって演奏されるようになり、その楽器と音楽が次第に社会の周縁部へと広まり、白人が顔を黒塗りにして黒人の真似をするミンストレル・ショーに受け継がれ、さらに一般に白人の音楽とみなされるブルーグラスとして発展を遂げた。

ウラリとギデンズがプランテーションで共演するのは、そうした背景を意識しているからに違いない。そして、彼女たちの共演は、バンジョーがプランテーションの楽器だった時代の音楽には、インディアンの文化も混ざり合っていることを想像させる。

それは、次のエピソードへの伏線にもなっているが、そこに話を進める前に、バンジョーという楽器のことを頭に入れておくべきだろう。その響きには、インディアンの血も関わっているかもしれないからだ。ロバート・キャントウェルの『風の歌ブルーグラス 懐かしい南部の響き』では、バンジョーの特徴が以下のように説明されている。

oba0806aa.jpg

『風の歌ブルーグラス 懐かしい南部の響き』ロバート・キャントウェル 木邨和彦訳(旺史社、2000年)


「(前略)バンジョーがドラムであるのは明らかだった。つまり、弦を張ったドラム。リズムとメロディーを会話のように一致させるという、アメリカ黒人音楽の最も基本的な原則をバンジョーは完全に示す。旅芸人のバンジョー奏法やマウンテン奏法は、リズムとメロディーを細かく積み重ねながら、高度な打楽器奏法を作り上げた」

ノースカロライナ州のプランテーションでのエピソードでは、最後にギデンズのバンジョーのソロにかぶさるように、彼女たちの音楽がブルースのルーツであることを示唆するようなピュラ・フェイの発言が挿入される。そして舞台はミシシッピ州に変わり、デルタ・ブルースの父と呼ばれるチャーリー・パットンの物語が始まる。ラムビー族の血を引く歴史学者によれば、パットンの家族には、チョクトー族や黒人や白人の先祖がいて、その人となりに影響を及ぼしているという。

黒人と白人の図式で語られがちになるが....

ここに再び登場したピュラ・フェイは、パットンのレコードに耳を傾けながら、そのリズムや抑揚が、インディアンの音楽にしか聞こえないと語る。さらに、チョクトー族の血を引くミュージシャン、コーリー・ハリスは、奴隷制も踏まえ、以下のように語る。


「歌い方も似てる。ギターをドラムのように弾くところもね。奴隷がドラムを持つことは法律で禁じられ、持つと死刑になった。ドラムを使えば遠方の仲間と会話できる。謀反を起こすことを恐れられた。だからチャーリーはギターを叩いたんだ」

本作では、この前半部の人種混淆による文化の融合が土台となり、子供の頃にサーカス育ちの黒人からギターを習って音楽に目覚めたリンク・レイやその他のミュージシャンたちへと繋がっていく。

プランテーションやミンストレル・ショーをルーツとするアメリカ音楽は、黒人と白人の図式で語られがちになるが、本作はそこにインディアンが深く絡み、影響を及ぼしていることを物語っている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

尹大統領の逮捕状発付、韓国地裁 本格捜査へ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story