コラム

韓国通貨危機の裏側を赤裸々に暴く 『国家が破産する日』

2019年11月07日(木)15時45分

さらに、財務局次官パクが、「大統領選挙前なのに経済危機を発表すれば野党候補に批判のネタを与える」と語ることにも注目すべきだろう。当時は大統領選が間近に迫り、野党候補は金大中だった。以前、ユン・ジョンビン監督の『工作 黒金星と呼ばれた男』を取り上げたときに書いたように、そこでは北風工作を含めて熾烈な政争が繰り広げられていた。

この通貨危機に人災という側面があるとすれば、そんな背景があったために対策が遅れ、IMFに救いを求めざるをえなくなったというのが一般的なとらえ方になるだろう。しかし本作では、チーム長ハンと財務局次官パクの対立を通して、より大胆な脚色が施されている。

パクは、IMFに支援を要請し、IMF主導で経済構造を改革すべきだと主張する。一方ハンは、経済構造改革の問題と外貨準備高の問題を切り離し、後者に対してIMFに頼らない有効な手段を模索する。そんな対立のなかで、実はパクが、通貨危機を韓国が変わるチャンスととらえ、IMFとともに動き出すアメリカにも従うしかないと考えていることが次第に明らかになってくる。

アメリカ政府、IMFの狙いは......

このふたりの対立の図式は、少し視点を変えてみると興味深く思えてくる。注目したいのは、韓国とIMFの交渉だ。ハンは、IMFの専務理事と同じホテルにアメリカ財務次官が宿泊し、密会していることに気づき、会議で彼らの関係を追及する。

アメリカ政府がIMFと韓国の交渉を監視するために、財務次官デービッド・リプトンを派遣したのは事実だ。本作では、その財務次官とIMFが一枚岩のように描かれているが、ポール・ブルースタインの『IMF 世界経済最高司令部20ヵ月の苦闘』によると、そこに温度差があったことがわかる。


「IMFのスタッフは、構造変革にはそれほど熱心ではなかった。経済システムの大規模な改革がどんなメリットをもたらそうとも、それが必ずしも韓国を悩ませているパニックを抑えるとは限らなかった。IMFの一部では、財務省の隠れた動機を皮肉っていた。『米国はこれをチャンスだと考えていました。多くの国でそうしてきたように、長いあいだ手を焼いてきた市場をこじ開けるチャンスなのだと』。IMFの太平洋局のメンバーはそう語った」


「リプトンの努力の大半は、金融システムの自由化の速度を上げるため、韓国から確固たる約束を取りつけることだった。彼は同時に、より厳しい金融政策も望んでいた。IMFのスタッフは、リプトンの提案の多くは理にかなったものだが、韓国の利益よりも米国の利益に焦点が置かれていると感じると憤慨した」

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『IMF 世界経済最高司令部20ヵ月の苦闘』ポール・ブルースタイン 東方雅美訳(楽工社、2013年)

現在から通貨危機を見直す

このIMFのスタッフとアメリカ財務省の図式は、本作のハンとパクのそれに置き換えることができる。では、脚本を手がけたオム・ソンミンは、なぜ市場開放の問題を韓国側からとらえるような脚色を施したのか。本作の最後には、ハンとパク、ユン、ガプスの20年後の姿が映し出される。本作はその後の韓国を視野に入れた通貨危機の物語になっている。

ファンドの代表になったユンは、政府がIMFに支援を求めることを確信して、このように語る。


「政府はIMFを選ぶ。連中は市場原理主義者です。危機を脱する際も、大企業や財閥が何とか生き残れる方法を選ぶでしょう。金融支援を要請して、それを口実に大々的に構造調整を進める。危機を機会として利用し、富める者を生かす改革を試みるはずです」

そして、IMFやパクに敗北するハンは、このように語る。


「貧しい者はさらに貧しく富める者はさらに富む。解雇が容易になり非正規雇用が増え、失業者が増える。それがIMFのつくる世の中です」

本作の作り手は、現在から通貨危機を見直すことによって、その後の時代のなかで、誰が得をして誰が損をし、何が変わって何が変わっていないのかを問おうとしているように見える。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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