コラム

KKKに入会し、潜入捜査を行った黒人刑事の実話『ブラック・クランズマン』

2019年03月20日(水)19時30分

このように書くと、そもそもフリップがなぜそんな潜入捜査を引き受けるのか、不思議に思われるだろう。おそらく彼は、これまで世俗的な世界で白人と変わらない人生を送ってきた。だから、抵抗を覚えることもなくロンになりすますが、潜入捜査を通して恐怖の洗礼を受けることになる。フリップは、過激なメンバーのフェリックスからユダヤ人ではないかと疑われる。そのフェリックスは、ホロコーストがユダヤ人のでっち上げだと主張するような人物で、フリップを嘘発見器にかけようとする。

フリップはそんな体験を通して、自分がユダヤ人であることに目覚めていく。その結果、ロンとの距離も縮まり、結束が生まれる。彼らの関係の変化は、前回取り上げた『グリーンブック』のシャーリーとトニーのそれを連想させるかもしれない。

黒人刑事はブラックパンサー党の講演会に潜入する

そして、このような映画独自のアプローチから、全体の構成を見渡してみると、この映画には、見せかけとアイデンティティをめぐるエピソードが積み重ねられていることがわかる。

警察署で潜入捜査を切望していたロンが最初に命じられる任務は、ブラックパンサー党の講演会への潜入だ。それは唯一の黒人刑事であるロンにしかできない捜査ではあるが、彼のなかでは黒人であることと警官であることがせめぎあう。彼はその会場で学生活動家パトリスと出会い、好意を持つが、警官を毛嫌いする彼女に正体を明かすことはできない。一方、KKKへの潜入捜査では、電話を通して白人至上主義者を演じつづける。

さらに、KKKの指導者デビッド・デュークについても、見せかけという要素が絡んでくる。KKKは興隆と衰退の歴史を繰り返しながら、時代によってその姿を変えてきた。リッジウェイの前掲書によれば、60年代に暴力で公民権運動に抵抗したKKKが、70年代にはPR活動に重点を置くようになり、そこで重要な役割を果たしたのがデュークだった。

デュークは、公の場では白装束を身につけず、差別用語も使わず、団体を上品なものに変えていった。後には選挙活動も行うようになり、人種差別を政治の表舞台に持ち出し、マスコミの注目を集めた。また、70年代後半には、メキシコとカリフォルニアの国境で不法入国者を監視する活動も行っていた。

リッジウェイの前掲書には、そんなデュークについて、信じられないようなエピソードが紹介されている。それは彼が70年代にやっていたことで、見せかけにも深く関わる。「モハメドXという筆名で『アフリカン・アット』を書いた。弾圧する白人と争うとき黒人がどうやって格闘したらよいかについて書き記したマニュアルで、「白ん坊」相手にふるうパンチや蹴りの技については詳細をきわめていた」

なんと黒人になりすまして、黒人のためのマニュアルを書いていた。なぜそんなことをしたのか。調べてみると、本人は、それを郵送販売することで、過激な黒人活動家のリストを作ろうとしたと説明している。だが、彼はその前に、別の筆名で夫を得ようとする女性のためのマニュアルも書いている。そうなると、手っ取り早く資金を調達するための手段だったのではないかと思えてくる。

この映画でロンは、話をしただけで相手が黒人かどうかわかると豪語するデュークを欺きつづける。そんなふたりの奇妙な因縁を滑稽で片付けられないところに、この映画の怖さがある。スパイク・リーは、単純な二元論に回収することができない複雑な問題を、ブラックユーモアと生々しいリアリティが入り組む独特の話術で浮き彫りにしている。


『ブラック・クランズマン』
3月22日、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開(C)2018 FOCUS FEATURES LLC, ALL RIGHTS RESERVED.

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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