コラム

フィリピンの鬼才がマゼランの世界周航を題材に歴史をひっくり返す『500年の航海』

2019年01月25日(金)15時00分

そうしたエンリケの運命を頭に入れておくと、タヒミック自身がエンリケを演じる本作は、彼の世界周航を再現するだけでも、興味深い作品になっていたのではないかと思える。だが、タヒミックの息子たちの成長にともない、撮影は2度も中断していた。再開のきっかけは、成長してヒゲをたくわえた次男カワヤンの姿がマゼランにダブって見えたことだという。そこで本作は、輪廻転生によって過去と現在が深く結びついていく複雑な構造を持つ作品になった。

世界周航と男女の物語

本作を構成する要素は、大きく三つに分けることができる。

ひとつは、「バリクバヤン(Balikbayan)」という本作の原題と関係している。この言葉は、「生まれ故郷に戻ってくる」ことを意味する。本作は、マゼランの死後、自由の身となったエンリケが、故郷であるルソン島イフガオに戻ってくるところから始まる。村民たちは、いなくなった息子が戻ったことを喜び、歓迎する。実際のエンリケは、スマトラ、あるいはマラッカの生まれと伝えられているので、設定も変更されて、彼の体験が明らかにされていくことになる。

と同時に、そこに現代を背景にした物語が絡み出す。若い画家がおぼつかない足取りで海辺を彷徨う老人に出会う。その老人が立ち去った後で、画家が撮った写真には、老人の姿が浮かび上がってくるようになる。そこで画家は老人を探し歩き、イフガオへと導かれていく。

実はこの現代の物語では、タヒミックが老人を、彼の次男が画家を演じている。だから、画家が老人を探し出すことが、息子が故郷に戻ることのようにも見えてくる。そんな画家と老人の交流からは、イフガオ族の文化が浮かび上がってくる。本作は、過去と現代を結びつけることで、世界周航を再現して単に故郷に戻るだけでなく、同時に先住民の文化にも光をあてる作品へと深化している。

ふたつ目の要素は、男女の関係だ。世界周航の物語は男の世界といえるが、タヒミックはそこに巧みに男女のエピソードを盛り込んでいる。

マゼランは、新しい航路開拓の資金調達のためにスペインでカルロス1世に謁見する。そのとき、自閉症で15年間笑ったことがなかった王の姪イサベリータが、エンリケの滑稽な仕草を目にして笑い出す。そこで王は、金と銀の駒のチェス盤と交換に、マゼランからエンリケを借りる。

ところが、イサベリータがエンリケとあまりにも親密になり、彼らの関係が王室のスキャンダルになる。慌てた王は、姪を遥か東のウィーンに送り、エンリケを遥か西に追いやるためにマゼランの計画を許可する。

その後に西回りによる世界周航が成し遂げられることを踏まえるなら、ふたりを東と西に引き離すという王の発想は陳腐にも感じられる。本作の後半には、イフガオ族の彫刻家が造ったエロティックな作品と、エンリケとイサベリータの親密な関係の映像が重ねられる印象的な場面がある。それは、エンリケの世界周航を通して、地位や文化、空間や時間を越えた男女の関係を表現していると見ることもできる。

木が放つ不思議な力

そして、三つ目の要素からは、歴史に対するタヒミックの独自の視点が見えてくる。本作には、マゼランの世界周航の記録者だったピガフェッタも登場し、エンリケと対置される。ピガフェッタはイタリアに戻り、日誌を出版する準備を進める。一方、故郷に戻ったエンリケは、字が書けないため、世界周航の思い出を木に彫っていく。

実際に木彫りを習っていたタヒミックは、本作で木や木彫りにこだわり、それらが不思議な力を放つようになる。

航海に出たマゼランとエンリケは、スペイン王から得たチェス盤で勝負する。その駒は金と銀だが、エンリケは木で自分の駒を彫り、それを使ってマゼランに対抗すると勝てるようになる。

マゼランと彼を倒したラプラプの間で繰り広げられる甲冑や火器と槍や弓矢による戦いも、木が放つ力に結びつけることができるだろう。

さらに本作には、1992年にタヒミックと息子が、エンリケの偉業を称えて世界をめぐり、各地に植樹する姿をとらえた映像や、タヒミックがガレオン船を探し歩いたり、自ら木で船を作ろうとする映像なども盛り込まれる。

本作では、そうした木をめぐるエピソードが時空を越えて絡み合っていくことによって、エンリケの木彫りがピガフェッタの記録を凌駕し、マゼランの船がエンリケの船に変わり、歴史が塗り替えられていくことになる。

《参照/引用文献》
『マゼラン 最初の世界一周航海』ピガフェッタ、トランシルヴァーノ 長南実訳(岩波文庫、2011年)
『マゼラン ツヴァイク伝記文学コレクション 1』関楠生・河原忠彦訳(みすず書房、1998年)

『500年の航海』
2019年1月26日〜シアター・イメージフォーラムにてロードショー、以下全国順次公開
(C)Kidlat Tahimik

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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