コラム

二人のおばあちゃんが、経済の専門家を訪ね歩いて知識を吸収し、アメリカ経済に切り込んだ

2015年09月04日(金)16時50分

 彼女たちが浮いてしまうのは、経済の状況とも無関係ではない。この映画では、アメリカにおける政治と経済の関係の変化が、ふたりの政治家の演説を通して巧みに描き出されている。

 成長に疑問を持つ彼女たちを最初に刺激するのは、YouTubeで見つけたロバート・F・ケネディの昔の演説だ。その要旨は以下のようになる。私たちは長い間、各自の資質や共同体の価値よりも物質の蓄積を優先させ、国民総生産が拡大した。だが国民総生産の中身は何なのか。そこには大気汚染や原生林の破壊、ナパーム弾や核弾頭も含まれるが、子供たちの健康や教育の質や遊びの楽しさは含まれない。価値あるものすべてを省いてしまう尺度であり、米国についてすべてを語っているが、誇るべきものはすべて除かれている。

sub2_large.jpg物が増えて幸せなのか?そんな素朴な疑問から出発する Faction Film(C)2013

 そして、これと対置されるのが、テレビで経済政策について語るオバマ大統領の姿だ。彼は成長を強調し、民主党と共和党が協力して経済を加速させることを主張している。この対置には、単なるメッセージの違い以上の意味がある。ここで思い出されるのは、チャールズ・ファーガソンが監督したドキュメンタリー『インサイド・ジョブ 世界不況の知られざる真実』とそれを補完するために膨大な資料を駆使して書いた『強欲の帝国――ウォール街に乗っ取られたアメリカ』(藤井清美訳、早川書房)のことだ。

 それらは金融危機の内実に迫るだけでなく、80年代に始まる規制緩和によって政治が経済に取り込まれていく過程を浮き彫りにしている。共和党だけでなく民主党も同じであることは、『強欲の帝国』の以下の記述がよく物語っている。「民主党の変化を最も雄弁に物語っているのは、進路を変える未曾有のチャンスがあったにもかかわらず、オバマがブッシュの方針を踏襲したことだろう」

 では、経済優先の社会で人々はどのように生きているのか。この映画では、三種類の人間の姿が印象に残る。まず、シャーリーとヒンダが潜り込むウォール・ストリート・ディナーに集う財界人たち。次に、映画の冒頭に映し出される失業して住む家もない人々。そしてもうひとつは、シャーリーがニューヨークの街角で言葉を交わす若い男女に代表される人々だ。彼らには近い将来に収入が大幅に増える見込みもなく、自分の家が持てるとも思わず、車もなく地下鉄を利用し、負担の少ない生活を送っている。

 <脱成長>理論を提唱するセルジュ・ラトゥーシュは、『<脱成長>は、世界を変えられるか?』(中野佳裕訳、作品社)のなかで、先進国の豊かさが国民を貧しくする理由について以下のように書いている。「強欲と競争に基づく社会は、絶対的な『負け組』(競争に取り残された人々)と相対的な『負け組』(競争をあきらめた人々)を大量に生み出す」。そんな状況がずっと続けば、シャーリーとヒンダも奇人とはみなされなくなるだろう。


【映画情報】
『シャーリー&ヒンダ ウォール街を出禁になった2人
公開:9月19日、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開。
監督:ホバルト・ブストネス

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ関税巡る市場の懸念後退 猶予期間設定で発動

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story