最新記事
シリーズ日本再発見

『万葉集』も『古今集』も中国の2大ポルノに触発された...『詩経』と『遊仙窟』とは?

2024年09月21日(土)09時40分
下川耿史(著述家・風俗史家)
国宝『元暦校本万葉集』

国宝『元暦校本万葉集』(平安時代・11世紀) 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

<日本からはるばる海を渡った人々の間では、まだ見たことのないポルノ小説への関心は衰えることがなかった...>

「男も女もす(為)なる」ために殿上人から市井の人々まで使っていた、「珠玉の言葉」を徹底的に集めた話題の書『性愛古語辞典──平安・奈良のセックス用語集』(下川耿史著、作品社)より、コラム「『詩経』と『遊仙窟』」を抜粋。


◇ ◇ ◇

奈良時代の760年(天平宝字4年)頃に成立した『万葉集』と、平安時代の905年(延喜5年)に撰述された『古今集』は、日本文化の原点ともいうべき歌集である。

「令和」という新しい年号が決まった際にも、この言葉が『万葉集』から採られたというので話題になったし、『古今集』は平安時代の優雅な王朝文化を象徴する歌集として変わらぬ人気を集めている。

ところがこれらの歌集は『詩経』と『遊仙窟』という古代中国の二大ポルノに触発されて作られた側面が大きかった。両書の影響は『万葉集』と『古今集』の双方に深く、かつ広い範囲にわたって浸透しているが、ここでは分かりやすいという点から『万葉集』と『遊仙窟』、『古今集』と『詩経』に分けて、その結びつきを紹介する。

唐で『遊仙窟』が出版されたのは679年頃だが、出版されるとまもなく、日本人の間では「何としても読みたい」という思いが激震のように広がった。この動きには2つのパターンがあった。

第一に当時、唐の都の長安には大唐街と呼ばれる日本人街があり、相当数の日本人がいた。彼らが『遊仙窟』を求めて長安の街を駆け回ったのである(諸橋轍次『大漢和辞典』による)。

長安の街を駆け回った日本人には別のグループもあった。『遊仙窟』が出版された後の直近の遣唐使は702年に派遣された第7回派遣団であった。出版からはすでに20年以上が経って、中国でのブームは過ぎていたと思われるが、日本からはるばる海を渡った人々の間では、まだ見たことのないポルノ小説への関心は衰えることがなかった。

しかもこの派遣団にはこれまでと違う特徴があった。それは前6回の派遣団は2隻仕立てで、1隻に100人から120人、総計250人前後が乗り組んでいたが、この回から4隻仕立てに増強され、人員も600人くらいが派遣された。そのすべてが長安まで同行したわけではなかったが、長安に上った人々は着くや否や、『遊仙窟』を求めて駆け回ったのである。

ちなみにこの時の留学生の中に下級役人だった山上憶良が含まれていた。そしてそのことが、『万葉集』とその後の日本文化に大きな影を残すことになった。

憶良といえば、大伴家持や柿本人麻呂と並ぶ『万葉集』の顔と評価されているが、彼が持ち帰った『遊仙窟』は上司である大伴旅人から、その息子で『万葉集』編さんの中心的役割を担った大伴家持へと伝えられたのである。家持は『万葉集』の中に『遊仙窟』から着想した和歌を十数首残しているほか、同時代の歌人たちにも影響を与えたのである。

『遊仙窟』が与えた影響は歌の面だけではなかった。漢文を日本文に読み替えるためには訓読みの仕方や返り点など様々な決まり事があるが、『遊仙窟』ブームの後には同書を読み解く際の決まり事が漢文読解の基本型として定着したのである。

その点を『広辞苑』(岩波書店)は「万葉集以降の文学に影響を与え、またその古訓は国語学上の重要資料」と指摘している。要するに『遊仙窟』という中国のポルノ小説は、日本の国語の歴史にも大きな影響を及ぼしたのである。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イランに対話できる指導者残っていない=トランプ氏

ワールド

米、中東に追加部隊派遣へ 海兵隊員ら数千人=当局者

ワールド

トランプ氏、NATOは「臆病者」、イラン作戦で支援

ビジネス

ボウマンFRB副議長、年内3回の利下げ見込む 労働
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:イラン革命防衛隊
特集:イラン革命防衛隊
2026年3月24日号(3/17発売)

イスラム神権国家を裏からコントロールする謎の軍隊の歴史と知られざる実力

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラリアの「NVES規制」をトヨタが切り抜けられた理由
  • 2
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え時の装いが話題――「ファッション外交」に注目
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公開...母としての素顔に反響
  • 4
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 5
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 6
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「嘘でしょ!」空港で「まさかの持ち物」を武器と勘…
  • 9
    将来のアルツハイマー病を予言する「4種の先行疾患」…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期スペイン女王は空軍で訓練中、問われる「軍を知る君主」
  • 3
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が発生し既に死者も、感染源は「ナイトクラブ」
  • 4
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 5
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
  • 6
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
  • 7
    【衛星画像】イラン情勢緊迫、米強襲揚陸艦「トリポ…
  • 8
    ズボンを穿き忘れてる! 米セレブ、下を穿かず「目の…
  • 9
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 10
    住宅建設予定地に眠っていた「大量の埋蔵金」...現在…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 10
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中