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「立花隆は苦手だった」...それでも「知の巨人」を描く決心をしたのはなぜだったのか?

2024年06月07日(金)09時08分
武田 徹(ジャーナリスト、専修大学教授)

そう書くと意外に感じる人もいるかもしれない。筆者は科学技術関係やジャーナリズム論など、立花と近い執筆領域で仕事をしてきている。ジャーナリストを名乗りつつ、大学にも並行して所属する立ち位置も似ている。そのせいだったのだろう、訃報が出た直後に追悼文の寄稿を読売新聞から依頼されている。

「ノンフィクション作家と紹介されることも多かったが、日本のノンフィクションの書き手としては、ドラマチックな展開で物語的面白さを出そうとする指向が希薄で、事実にこだわる姿勢が極めて強かった」

そう書き出された拙文は、以後、京大霊長研を取材した『サル学の現在』や分子生物学者・利根川進へのロングインタビューの成果である『精神と物質』などに触れ、「科学界にも与えた刺激」の見出しを添えられて緊急寄稿として翌日の朝刊に掲載された。


 

確かに仕事の傾向では似ている面もあっただろう。だが、ごくごく正直に告白してしまえば、立花は苦手だった。

立花の書く文章は平易で明晰だ。誤解されることの少ない文章であり、事実を伝えることがジャーナリズムの使命だと考えれば、理想に近いものだと評価できる。にもかかわらず筆者はそれが好きになれなかった。

追悼記事には「事実にこだわる姿勢が極めて強かった」と書いたが、本音をいえば、事実にこだわり過ぎだと思っていた。一つのテーマに邁進し、自分の調査で明らかになった事実を雑誌連載で延々と書いてゆく。

「今回も◯◯について書く」と冒頭で断って、すぐに事実の記述を始める。その文章には愛想も色気もありはしない。立花ほどの大物になれば編集サイドでもコントロールが利かなかったのだろうが、単調に続いてゆく連載記事は読む側としては辟易することもあった。

こうして事実にこだわったために蔑(ないがし)ろにされているのが言葉だと感じた。彼の作品を読んで、そこに描かれている事実の世界は伝わってくるが、彼の言葉自体が意識に残ることはない。

ジャーナリストとはいえ言葉で作品を作る。事実と意見を伝えるジャーナリズムの作品であっても、言葉の作品としても個性が伴うべきではないか。立花は間違いなく不世出のジャーナリストだが、言葉を「道具として」使いはするものの、「言葉そのもので表現」していないと筆者は思っていた。

そんな思いもあって、筆者は立花と距離を取ろうとし、接触の機会をなかば意図的に避けてきたように思う。その証拠に生前の立花に会ったのは、たった2回だけだ。

一度目は、2008年12月13日に東京大学大学院情報学環が読売新聞社と共催したシンポジウム「情報の海~漕ぎ出す船~」において。登壇者としてステージで同席した。立花はインターネットによってアメリカの名門新聞が廃刊になった話をしていた。二度目に会ったのは、それから随分と経った後のこと、地下鉄の神保町駅で、だった。

会ったというのは不正確で、こちらが一方的に目撃した。神保町の書店街で買ったのだろうか、本を大量に入れた紙袋を持っており、読書欲(書籍購買欲?)は相変わらず旺盛らしかったが、大きな紙袋を持つのも難儀そうで、顔つきも見るからに弱々しかった。

その姿を見て、心がざわついた。戦後日本のジャーナリズム史に燦然と輝く業績を幾つも残してきた立花が、活動に幕を引く時期が遠くなく訪れる。そう思って、立花というジャーナリストについてもう一度、その位置づけを確かめておかなければという気持ちが芽生え始めていた。

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