最新記事
シリーズ日本再発見

「日本語ロック」と「韓国語ロック」はなぜ同時期に誕生したのか?...「はっぴいえんど」と「シン・ジュンヒョン」の1970年代

2024年02月10日(土)10時05分
金 成玟 (北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院教授)

YMOの音楽は、アメリカのロックを受容・融合して生まれた「日本語ロック」をさらに電子楽器と融合させた「テクノ・ポップ」を特徴としていた。

彼らのサウンドと感覚は、同じく1979年に誕生したソニーの「ウォークマン」のように、新しい「日本らしさ」を象徴するものとして世界に認識された。「日本語ロック」の誕生過程は、J-POPの原点でもある「現代日本」のサウンドとスタイルの構築過程ともいえる。

 
 

韓国ロックの父・シン・ジュンヒョン

韓国においても、ほぼ同時期に「韓国語ロック」が誕生していた。その代表的人物は、「韓国ロックのゴッドファーザー」と呼ばれるギタリスト・作曲家シン・ジュンヒョン(신중현)である。

日本の坂本九(1941年生まれ)と同世代といえる1938年生まれのシン・ジュンヒョンは、50年代に米軍基地舞台で学んだアメリカのロックを受容・融合したさまざまなグループ・サウンズを通じて、「韓国的なロック」をつくり出した。

彼が率いるロックバンドAdd4が発表した1964年の曲「雨の中の女人」は、「韓国語ロック」の原点となる名曲としていまも評価されている。

1970年代は、シン・ジュンヒョンに続いて登場したシンガーソングライターが「韓国語ロック」を確立させた時代であった。

音楽学者の申鉉準らによれば、「韓国語ロック」の成立過程は、1960年代までにGI文化として米軍によって朝鮮半島に移植されたポップ音楽が、翻訳と再創作を経て、若者自身によってつくり出されるまでの過程でもあった。

ハン・デス(한대수)、イ・ジャンヒ(이장희)、チョ・ドンジン(조동진)、ヤン・ヒウン(양희은)らの歌に表れる当時の若者文化の自意識は、軍事独裁政権下で政治的抑圧を経験することでより深くなっていった。

「フォークギター・ブーム」に乗って広がったそれらの歌は、若者たちにとっては「封建的で前近代的な因習に対する拒否反応であり、愛に対する伝統的観念との決別」であったという。

フォーク、ポップ、サイケデリック・ロック、ゴーゴー、ファンクなど次つぎとブームを起こし、明洞(ミョンドン)、鍾路(チョンノ)、新村(シンチョン)といった都市空間に若者たちの欲望を集めた70年代の「韓国語ロック」が、韓国のポピュラー音楽史に残した遺産はきわめて大きい。

ヤン・ヒウンの歌「朝露(아침이슬)」がさまざまな民主主義闘争の場で歌われてきたことからもわかるように、民主化以前の韓国社会における「若者文化」の原点はこの時代にあった。

2007年と2018年に実施された「韓国大衆音楽名盤100」の選定では、70年代のアルバム5作品が10位以内に選ばれるほど、いまもなお高い支持を得ている。



金成玟(キム・ソンミン)
北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院教授。1976年ソウル生まれ。ソウル大学作曲科卒業。ソウル大学言論情報学科修士課程修了。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。専門はメディア文化研究、音楽社会学。東京大学情報学環助教、ジョージタウン大学アジア研究科訪問研究員などを経て現職。著書に『Postwar South Korea and Japanese Popular Culture』(Trans Pacific Press、2023年)、『K-POP――新感覚のメディア』(岩波新書、2018年)、『戦後韓国と日本文化――「倭色」禁止から「韓流」まで』(岩波現代全書、2014年)など。


81Zgoro-pYL._SL1500_170.jpg

  『日韓ポピュラー音楽史:歌謡曲からK-POPの時代まで
  金 成玟[著]
  慶應義塾大学出版会[刊]


(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中