最新記事
シリーズ日本再発見

マイケル・サンデル教授に欠けていた、「ヤンキーの虎」の精神

2023年04月24日(月)08時07分
谷口功一(東京都立大学教授)
マイケル・サンデル

2018年、コンシューマー・エレクトロニクス・ショーで講演するマイケル・サンデル教授(ネバダ州ラスベガス)Rick Wilking-REUTERS

<文化資本など「生まれ」で学歴が決まる問題が話題になっている。しかし、本当に「学歴」は「成功」へとつながる唯一の道なのか? 高学歴層に抜け落ちている視点について>

「公共性」について研究する谷口功一・東京都立大学教授は、地域社会を支える人々のネットワークが「夜の公共圏」、つまり酒場で築かれていることに着目する「スナック研究」の第一人者。

奇しくもコロナ禍で「夜の街」は法的根拠が怪しいままに批判対象となり、攻撃を受けた。

そのコロナ禍で地域を支える人々の記録と記憶を綴り、コミュニティ再生への道を照らすノンフィクション『日本の水商売 法哲学者、夜の街を歩く』(PHP研究所)より、3章「いわき、非英雄的起業家の奮闘」を一部抜粋する。

◇ ◇ ◇

サンデル教授が囚われている強迫観念

最近流行ったマイケル・サンデル教授の『実力も運のうち――能力主義は正義か?』(早川書房、2021年)という本があった。

この本のなかでは、アメリカで有名大学への入学にまつわる不公平さが論じられており、両親の財産や文化資本など、ほぼ「生まれ」によって入学試験で測られるべき能力が規定されてしまっていることの問題性、そして、そのようにして獲得された能力(と学歴)をもつ人びとの、そうでない人びとに対してもつ「傲慢さ」が手厳しく批判されていた。

しかし、この本を2021年度の私のゼミで読み、また講義の夏期レポートにも課して学生たちの感想を聞く限りでは(94人提出)、本書は間違ったメッセージを発しているのではないかと思ってしまったのである。

多くの学生は私の勤務校である東京都立大に入学できたことを感謝しつつも、それがたまさかの境遇(運)によるものとして、ともすれば「罪悪感」さえ抱いていたのである。

しかし、後述するとおり、別に「学歴」は「成功」へとつながる唯一の道でもないのではないだろうか。

サンデルはこの本の末尾で、能力主義の陥穽に囚われない市民的な共通善(公共心のようなもの)の涵養が必要であることを力説する。たとえば以下の、ほぼ結論に当たる一節である。

「共通善に到達する唯一の手段が、われわれの政治共同体にふさわしい目的と目標をめぐる仲間の市民との熟議だとすれば、民主主義は共同生活の性格と無縁であるはずがない。完璧な平等が必要というわけではない。それでも、多様な職業や地位の市民が共通の空間や公共の場で出会うことは必要だ。なぜなら、それが互いについて折り合いをつけ、差異を受容することを学ぶ方法だからだ」[322頁、強調は谷口による]

私がこのくだりを読んで思ったのは、「スナックの話をしているのかな?」だった。スナックのような「夜の街での社交」がないアメリカ人には「誠にお気の毒様......」としか言いようがないのであるが。

それはさておき、サンデルの本の中心的なテーマに戻ると、そこでは「学歴」と「成功」があまりにも強く結びつけられており、それがあたかも必然的な因果関係を形づくっているかのような、一種の強迫観念になってしまっているのではないか、という疑問を私は抱いたのだった。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRBは利下げ余地ある、中立金利から0.5─1.0

ビジネス

米ワーナー、パラマウントの買収案を拒否 ネトフリ合

ビジネス

企業は来年の物価上昇予測、関税なお最大の懸念=米地

ビジネス

独IFO業況指数、12月は予想外に低下 来年前半も
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 10
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中