最新記事
シリーズ日本再発見

杉原千畝の「命のビザ」と日本酒が結ぶ、ユダヤと日本の絆

KOSHER SAKE POURS INTO JAPAN

2021年03月18日(木)16時15分
ロス・ケネス・アーケン(ジャーナリスト、作家)

日本政府から焼酎や泡盛の普及に努める「焼酎ソムリエ」に任命されているアメリカ出身のクリストファー・ペレグリニによると、「日本の職人や会社は海外のものを取り入れて改良し、日本で成功させるのが上手」だ。その流れで、コーシャ日本酒も生まれた。

ちなみに「獺祭」ブランドを展開する旭酒造は、よりグローバルな市場で勝負する取り組みの一環としてニューヨークのCIA(米国料理学院)の近くに新たな酒蔵を建設中で、完成後はCIAと正式に業務提携する予定だという。

もちろん、杉原千畝ゆかりの日本酒の全てがコーシャなわけではない。八百津町にある「蔵元やまだ」では17年から「杉原ラベル」の純米吟醸酒「玉柏」を販売している。この蔵元は杉原千畝記念館から近く、多くの観光客が訪れる。コーシャ認証は受けていないが、地元の英雄に対する尊敬の念と異文化交流を祝福する日本酒として知名度は高い。

千畝の孫娘で、東京にある記念館「センポミュージアム」を仕切る杉原まどかも、「あの蔵元が祖父のためのラベルをつくってくれたことを光栄に思う」と語る。彼女自身も「千畝」という名の日本酒をつくって同ミュージアムで売り出すことを計画している(ただしコーシャ認証を目指すかどうかは未定)。

いずれにせよ、日本酒が好きならコーシャ認証の有無はさほど重要な問題ではない。イスラエルに本社のあるミズマー・ベンチャーズの共同創業者で、世界有数のコーシャワイン・蒸留酒のコレクターでもあるアイザック・アップルボームに言わせると、あの杉原と何らかのつながりがあるというだけで十分だ。「彼とつながりがあれば、それだけで特別だし、目の前に2種類の日本酒を出されたら、感動のあるほうを選ぶのは当然だ」と言う。

もちろん、コーシャの日本酒があれば一番だ。しかしアップルボームはもっと現実的な選択をする。「私には『1%ルール』というのがあってね。生き方の99%はビジネスで、信仰は残りの1%なんだ。だから大事なのは高品質な酒を賢く買うことであり、そこに信仰上の問題が割り込む隙はない」

日本酒は古来、神道などの儀式で重要な役割を果たしてきたし、今も日本人の祭礼や交歓の場の中心にある。そこにコーシャ認証という新しい要素が加われば、その酒は日本人とユダヤ人が垣根を越えて混じり合うのに役立つはずだ。

主任ラビのエドリーが言う。杉原が教えてくれたのは、民族や宗教、国籍の違いにかかわらず、思いやりの心を分かち合うことの大切さだ。「そこにコーシャの酒があれば、日本でユダヤ教の安息日やハヌカ祭を祝うときに安心して飲める。日本はいい。反ユダヤの人もほとんどいない。だから私たちは堂々とここに暮らし、おめでたい日には、同じ酒で一緒に祝うことができる」

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、中国による戦略分野への投資を制限 CF

ワールド

ウクライナ資源譲渡、合意近い 援助分回収する=トラ

ビジネス

米バークシャー、24年は3年連続最高益 日本の商社

ビジネス

ECB預金金利、夏までに2%へ引き下げも=仏中銀総
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 5
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 9
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中