最新記事
シリーズ日本再発見

「デジタルファースト」で岐路に立つ日本の「はんこ文化」

2019年02月01日(金)17時10分
内村コースケ(フォトジャーナリスト)

撮影:内村コースケ

<今、日本の「はんこ文化」が岐路に立たされようとしている。1月28日に開会した今年の通常国会で審議される見込みの「デジタルファースト法案」では、押印を含む本人確認手段の電子化が盛り込まれる。電子署名などが普及すれば、これまで日本のビジネスや生活のあらゆるシーンで行われてきた「はんこを押す」というやり取りが、日常の風景から薄れていくかもしれない。日本の"ガラパゴス文化"が、また一つ消えるのか、それとも――>

「三文判」で押印は無意味?

デジタルファースト法案を推進する平井卓也科学技術担当大臣は、1月22日の記者会見で同法案の印鑑需要への影響を問われ、「国民に広く普及している重要な本人確認の手段である押印が民間で直ちになくなることはない」と、印鑑業界への配慮を見せた。

しかし、その一方で、「(書類に)三文判とか、どこでも売ってるようなはんこを押さないといけない局面は一体何なのか」と、日本独特の「はんこ文化」に疑問を呈する発言もしている(時事)

日本で生活するにあたって、印鑑はなくてはならないものだ。あらためて整理すると、個人の場合、その種類と用途は以下の3つとなる。

・実印・・・土地購入、車の購入、ローン契約など
・銀行印・・・銀行口座開設、預金の引き出しなど
・認印・・・履歴書、婚姻届、請求書、郵便物の受け取りなど

平井大臣の発言にあった「三文判」とは、100円ショップやホームセンターなどでも売られている大量生産の安価な印鑑のことだ。専門店で作るオーダーメイド品と違い、同じ印影のものが多数存在する。

実印の複製は法律で禁じられているが、三文判を印鑑登録して実印にしたり、銀行印にすることも可能なため、重要書類の偽造などの悪用のリスクが伴う。平井大臣の発言の主旨は、三文判で押印することの本人確認上の無意味さに加え、はんこ文化のセキュリティ上の脆弱性を指摘したものだろう。

押印のための「書類のたらい回し」という非効率

ビジネスシーンでは、さらに印鑑の種類が増える。会社の実印に当たる「代表者印」、会社の口座の「銀行印」、会社の認印に当たる「会社印」、役職者の認印である「役職印」、そして、社員各々の「個人印」が使い分けられる。

大口のビジネスの契約書から社内の経費精算書まで、会社の書類は押印欄のオンパレードだ。それぞれの印鑑は、原則的に担当者本人が押さなければいけないため、はんこを押すために書類が社内外のあちこちをたらい回しにされることになる。

書類のやり取りに膨大な手間と時間がかかる「はんこ文化」は、日本の生産性の低さの象徴だという意見が、最近はよく聞かれる。卑近な小さな例で申し訳ないが、比較的どんぶり勘定が許される筆者のようなフリーランスですら、ニュース記事の執筆契約の書類を押印のために往復させているうちにニュースの鮮度が落ちてしまったり、取材経費の精算で「印影が薄い」やら「押印箇所が違う」やらで何度も再提出を求められた末に、そのコストが請求した経費分を超えてしまったり、お互いの本来業務が滞るようなことが珍しくない。自分自身のいい加減さを割り引いても、認印の郵送でのやりとりには無駄が多すぎると思う。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中