コラム

『さよなら、アドルフ』と「戦犯の子たち」

2014年01月16日(木)15時19分

 「ナチスの子供たち」の映画である『さよなら、アドルフ』が日本公開中だ。ナチス・ドイツを題材にした映画はいろいろあるが、『アドルフ』のような視点のものはほとんどなかったと思う。今年のアカデミー賞外国語映画賞のオーストラリア代表にもなった作品だ。

アドルフ_メイン.jpg© 2012 Rohfilm GmbH, Lore Holdings Pty Limited, Screen Australia, Creative Scotland and Screen NSW.


 主人公はナチス幹部の父を持つ14歳の少女ローレ。第2次大戦の敗戦後、両親は連合国軍によって拘束され、ローレは幼い妹や弟たちを連れて遠く離れた祖母の家を目指すことになる。混乱のただ中にあるドイツを子供たち5人で行く旅は当然ながら過酷だし、悲劇も避けられない。

 ローレは旅の途中、ユダヤ人に対するナチスの残虐行為を初めて知る。さらに1人のユダヤ人青年と出会うことで、今までの価値観が少しずつ崩れていく――。

 加害者も人間であり、それぞれの人生があるなどと訴えるものではないし、反戦を主張するものでもない。ただ少女が自らの境遇にどう立ち向かい、成長していったかを描くことに主眼が置かれている。映像の美しさにも助けられてその点はよく伝わってくるし、視点を転換させることの意義もよく分かる。

 ローレのような境遇は遠い外国の話、という訳ではない。戦争犯罪人とされた人、その家族や子供は日本にも存在する。その1人が、父がB・C級戦犯として死刑に処せられた駒井修さん(岩手県盛岡市在住)。このブログの前の記事「祖父と私と『永遠の0』」と重複するようで恐縮だが、『さよなら、アドルフ』公開に合わせて駒井さんのトークイベントが行われたのでちょっと書いてみたい。

 1月15日、明治学院大学の学生たちが企画したイベントのゲストスピーカーとして駒井さんが登場した。自らの体験を語り継ぐ活動をしている駒井さんは、話の前にいつも戦争の犠牲となった方々に黙祷を捧げていると話し、この日も10秒間の黙祷から始まった。

 駒井さんの父は第2次大戦中、タイの捕虜収容所の副所長だった。捕虜たちは映画『戦場にかける橋』で有名な泰緬鉄道の敷設に従事させられたが、そこであるスパイ事件が起きる。駒井さんの父は、その取り調べで捕虜を拷問した(2人が死亡、6人が重傷)容疑者としてB・C級戦犯裁判にかけられ、46年にシンガポールで死刑になった。

 A級戦犯を裁いた東京裁判のことはよく知られているし、例えば最近の靖国問題のようにたびたび話題になる。一方、イギリスやフランス、ソ連などがそれぞれ裁判所を設けてB・C級戦犯を裁いたことはそれほど知られていないと思われる。延べ5000人以上が起訴され、1000人ほどが死刑判決を受けたという(A、B、Cは戦争犯罪の種類の違いであり、罪の重さではない)。

 「戦犯の子」として後ろ指をさされ、差別されることもあった駒井さんは95年頃から少しずつ父の死に関して調べ始めたという。07年には父に代わって謝罪をするため、父が重傷を負わせた元イギリス人捕虜のエリック・ロマックスさんをイギリスに訪ねた。ロマックスさんは遠い日本からやって来た駒井さんを「ごくろうさま」と何度もねぎらいながらも、「なぜ息子であるあなたが謝罪をするのか」と少し戸惑ったようだ。

 それでも最終的には和解できたと、駒井さんは話す。さらに父の裁判で証言をしたロマックスさんは、「駒井ファミリーを不幸にしたのは俺だ」と謝ったという。

 ある日本人を通して、駒井さんが訪問を打診してから7年が経っていた。ロマックスさん自身、面会することにかなりの葛藤があったようだ。ただ別れ際には、「いくら振り返っても過去は変わらない。未来のために生きていこう」と駒井さんに言葉を掛けたという。

 トークイベントの冒頭、『さよなら、アドルフ』を見た感想を聞かれた駒井さんは「もしローレが今いたら、『77歳の私は自分の体験をこうやって話す活動をしています。あなたは何を思い、どんなことをしていますか』と聞きたい」とだけ答えた。子供の頃からずっと抱えてきた葛藤や苦しみを1本の映画の感想として、簡単に言い表せるものではないだろう。

 ちなみに今年4月には、ロマックスさんの自伝を基にした映画『レイルウェイ 運命の旅路』が公開される。『さよなら、アドルフ』と同じように、戦争が1人の人間に与える傷の深さ知るきっかけになるのではないか。

 幼い駒井さんたちを残して出征する前、父は「戦争に行きたくない」と泣いていたらしい。戦犯として処刑されたときの無念さはどれほどだったろう。

――編集部・大橋希


このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

26年の最大のテールリスクはAI巡るサプライズ、ヘ

ワールド

インドネシアとの貿易協定、崩壊の危機と米高官 「約

ビジネス

米エクソン、30年までに250億ドル増益目標 50

ワールド

アフリカとの貿易イニシアチブ、南アは「異なる扱い」
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【クイズ】アジアで唯一...「世界の観光都市ランキング」でトップ5に入ったのはどこ?
  • 3
    トランプの面目丸つぶれ...タイ・カンボジアで戦線拡大、そもそもの「停戦合意」の効果にも疑問符
  • 4
    中国の著名エコノミストが警告、過度の景気刺激が「…
  • 5
    「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情…
  • 6
    死者は900人超、被災者は数百万人...アジア各地を襲…
  • 7
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 10
    イギリスは「監視」、日本は「記録」...防犯カメラの…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story