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ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
あなたの卵子、いくらで売りますか?
49歳の野田聖子議員がアメリカで第三者の卵子提供を受けて妊娠中だと公表してから10日あまり、ようやく授かった命への祝福から、金持ちにしか選べない選択肢だという批判的な声まで様々な反応があるが、野田議員が最も望んでいる生殖医療に関する法整備の議論は、相変わらず盛り上がっていないように思う。
卵子提供とは、高齢や卵巣疾患などで自分の卵子では妊娠できない場合に、他の女性の卵子をもらうこと。その卵子と自分のパートナーの精子で受精卵をつくり、それを自分の子宮に入れる。つまり、実際に大きなお腹をかかえて出産するのは野田議員であり、法律上も野田議員とパートナーの実子となる。
野田議員の場合、かつて体外受精(自分の卵子とパートナーの精子でつくった受精卵を自分の体内に戻す)を何度も試みたがうまくいかず、いったんは子供を諦めた。その後、今のパートナーと共に里親として養子を迎えようとしたが、高齢の共働き夫婦という理由で断られ、アメリカでの卵子提供に踏み切ったという。
外国に渡ったのは、日本には生殖医療に関する法律がなく、第三者から卵子をもらっていいのか法的に曖昧なままだから(姉妹や友人からの卵子提供はごく一部のクリニックで行われている)。一方、アメリカやスペイン、ロシアや東欧諸国、タイ、インド、韓国など卵子提供が認められている国も多くあり、そうした国には世界中から不妊に悩むカップルが治療を受けにやってくる。
晩婚化の影響で不妊カップルが世界的に増え、卵子は慢性的に不足気味。謝礼を弾んで提供者を増やし、より多くの不妊カップルを救うべきか、生殖医療のビジネス化をあくまで拒むべきか。対応は国によってさまざまだ。
生殖医療の商業化が進んでいるアメリカでは、卵子提供者の人種や学歴、身長、目の色等の条件によって卵子の値段が上下し、高学歴の美人に3万ドル以上支払われるケースもあるという(野田議員はパートナー男性から子供に輸血する場合を想定して、血液型のみ指定したという)。一方、欧州随一の不妊治療大国スペインでは、卵子の「スペック」に関わらず、報酬は一律900ユーロ(約10万円)。それでも、東欧諸国などの相場よりは高額なので、バイト感覚で卵子を提供する学生や移民が多く、「よい」卵子が簡単に集まるという。
これまで善意の卵子提供に頼ってきたイギリスは、深刻な卵子不足を解消するために方針を転換しようとしている。現状では、提供者への謝礼はなく、交通費と休業補填として250ポンド(約3万円)以下の経費を請求できるだけ。提供者の数が圧倒的に不足しているために国内の不妊クリニックでは数年待ちも珍しくなく、多くのカップルが外国で治療を受けざるをえない。そこで8月末、提供者に800ポンド(約10万円)の謝礼を出す方針が示された。
仮に日本で卵子提供が法的に認められたとして、卵子の値段はいくらが適当なのだろう。アメリカのような商業主義は、感情的にも倫理的にも国民に受け入れられないと思う。では、スペイン方式で10万円程度なら? 骨髄移植のドナーであっても休業補填さえ受けられない現状では、それも無理。おそらく、提供者への謝礼は禁じられ、純粋なボランティア精神(つまり、無償での提供)に頼ることになるのだろう。確かに、それが高度生殖医療のあるべき理想の姿なのだと思う。でも、それで本当に必要な数の卵子を国内で集められるのだろうか。結局、日本では卵子の提供を受けられず、外国のエージェントに高額の治療費を払うことになるのでは?
卵子提供者には、それなりの負担がかかる。まず数週間に渡ってホルモン薬を服用・注射し、卵巣内で数個~数10個の卵子を排卵できる状態にまで育てる(自然な状態では、一周期に排卵される卵子は1つだけ)。そのうえで麻酔をかけて、膣口から針を入れて採卵する。精子の提供と比べて体の負担が大きいのは明らかだ。
子供をもちたいという他人の夢を手助けするために、そうした身体的負担を引き受ける善意の第三者に、あなたはなれるだろうか。恥ずかしながら、私にはそうなる自信はない。多少の謝礼をもらえるとしても、やっぱり踏み切れないと思う。
向井亜紀さん夫婦で話題になった代理母出産(夫婦の精子と卵子でつくった受精卵を、第三者のお腹に入れて妊娠・出産してもらう)についても、日本での法整備を求める声は強い。だが、こちらも卵子提供以上に身体的負担が大きいため、ボランティアに頼るというのでは現実味が薄いと思う。
野田議員が手記で記したように、「不妊治療のステップとして、体外受精の先には卵子提供や代理母もある時代」はとうに始まっており、臭いものに蓋をするようにいつまでも議論を避けているのは論外だ(そもそも、第三者による精子の提供はOKなのに、なぜ卵子の提供はダメなんだろう?)。ただ、アリバイ的に制度だけつくっても、不妊に苦しむ人を実際に救うシステムにはならない。提供者への報酬をどうする? 無償提供にこだわるのなら、提供者を確保するためにどんな仕掛けを用意する?(例えば、自分の体外受精で採卵した卵子の半数を寄付すると、体外受精の費用の割引を受けられる国もある) 野田議員の赤ちゃんが生まれる頃には、そんな議論が進んでいることを切に望む。
――編集部・井口景子
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