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コラム
ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
中国は人民元を切り上げる
筆者が人民元と初めて出会ったのは87年。大学1年生のときに配られた中国語の教科書の中で、だった。
ただし例文の中で、初めて中国に旅行したという設定の日本人学生が両替で手にするのは人民元でなく「外滙(ワイホイ、外貨兌換券)」。当時中国政府は外貨と人民元の直接交換を認めていなかった。
商店でワイホイを使って買い物をすると、おつりは人民元で渡される。中国政府がこんな奇妙な制度を採っていたのは、まだ中国経済が脆弱で、やっと貯め込んだ外貨を極力減らしたくなかったから。いったん交換した人民元は外貨に戻せないため、旅行者は使い切るのに必死だった。
現地で人民元を初めて手にしたのは、新聞記者時代に取材で北京と内モンゴル自治区を訪れた92年春のはずだが、人民元や当時まだ使われていたワイホイに関する記憶はまったくない。
代わりに思い出すのは、乗っていたバスが北京の観光施設の駐車場に止まったとき、売り子がどこからか湧き出すようにやって来て、「センエン!(千円)」と、日本円でお土産を買ってくれるようせがんでいたシーンだ。
89年の天安門事件後、西側の経済制裁の影響で中国経済は停滞した。92年初めの鄧小平の「南巡講話」をきっかけに再び上昇軌道に乗り始めるのだが、外貨兌換券も含めた自国通貨への信頼感はこの時期まだ底にあったのだろう。
観光で北京を訪れた00年は、いったん日本円を人民元に交換すると、総両替額の半分しか日本円に戻せなかった。北京の大学に留学した02年春も同じことを言われたが、03年夏に帰国するときには北京空港のヤミ両替で全額を交換できた。
■人民元高で中国バブルは沈静化する
ガイトナー米財務長官が8日に急きょ北京を訪れ、主に人民元切り上げについて中国政府の王岐山副首相と話し合った。
その2日後、中国の次期トップとして日々存在感を増している習近平・国家副主席が海南島の博鰲(ボアオ)アジア・フォーラムで「内需、特に消費主導の経済発展を高度に重視する」と述べた。
この発言は中国政府の正式回答だと思う。内需拡大イコール輸出頼み経済からの脱却、すなわち人民元高容認。中国は遠からず人民元を切り上げるだろう。
自国民にも相手にされていなかった人民元が、世界中から「もっと価値があるはずだ」と言われているのを見ると感慨深い。
ただ中国は農村と都市の格差、大学生の就職難、再開発と強制立ち退き、役人の汚職天国――といった、ありとあらゆる矛盾を圧倒的な経済成長によって相殺してきた国だ。通貨高がもたらす輸出不況は、その成長にブレーキをかけかねない。
と同時に、人民元高になるとと投資目当ての外貨の流入が減るから、バブルは沈静化に向かう。政府も為替レート維持のため人民元を売ってドルを買う必要がなくなるので、市中の人民元の流通量が減りインフレも落ち着く。構造改革も進む。
共産党指導部はメリットとデメリットをはかりにかけている最中なのだろうが、習副主席の発言を聞く限り、指導部内で切り上げ容認派の力が増したように見える。
その判断は吉と出るか、凶と出るか。少なくとも経済政策上の判断で、これまで共産党指導部は大きな間違いはして来なかったが。
――編集部・長岡義博
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