- HOME
- コラム
- From the Newsroom
- 短編映画「Fitna」がえぐる傷の深度
コラム
ニューズウィーク日本版編集部 From the Newsroom
短編映画「Fitna」がえぐる傷の深度
3月5日、イギリス議会周辺に200人規模の抗議デモ隊が集まり大変な騒ぎになった。オランダ人政治家ヘルト・ウィルダースが議会を訪れたからだ。
ウィルダースはこれまで一貫してイスラム教と予言者ムハンマドを批判し続けているオランダの国会議員だ。彼の極右政党・自由党は現在、下院で150議席中9議席を持つ。今回、自ら製作した映画「Fitna(フィトナ)」をイギリスの上院内で上映するために議会に招かれた。
この映画は、イスラム教を完全否定する内容で物議を醸している。17分の短編映像だが、コーランの抜粋や欧米人の処刑やテロの様子などが映し出されるなど、内容はかなり過激だ。
フィトナの映像を見てあるビデオを思い出した。以前、パキスタンでの取材の過程で、イスラム原理主義勢力パキスタン・タリバン運動(TTP)がメンバーを教育するために制作した内部ビデオを、TTP関係者から入手した。
フィトナとは対極にあるその反欧米ビデオは、比較にならないほどの残酷なシーンが続く。動画にはブッシュ前大統領や小泉純一郎元首相などの写真が映し出され、アメリカの圧力によってTTPの掃討作戦を実施するパキスタン軍の兵士が、過激派に拘束され、尋問され、生きたまま次々と首を落とされる。生々しい一連のシーンが続く。
フィトナの上映終了後、今回の上映会は表現の自由の勝利だとし、イスラム主義が増えるほど自由は失われると語った。さらにイギリスがイスラム国家からの移民を禁止しなければ、イギリスは「ロンドニスタン(アフガニスタン、パキスタンなどをもじった呼び名)」になってしまうとも警告した。
オランダでは、バルケネンデ首相率いる連立政権崩壊によって、6月9日に総選挙が行われる予定。その前哨戦と見られていた3月3日の地方選挙で自由党は躍進し、首相を目指していると言うウィルダースは、「フィトナ」の第2弾を総選挙後にリリースすると先日発表したばかりだ。
どちらもそれぞれの主張を流布するために作られた映像だ。2つを単純に比較することはできないが、ただ大きな違いは、タリバンのビデオは「侵略者」への抗議であり、欧米の文化や宗教を否定したものではないことだ。これは他のイスラム主義者のビデオも基本的に同じだと言える。
一方で、ファトナは、イスラム教とその聖典コーランを全否定している。1度でもイスラム教徒が多く住む国や地域に行ったことのある人ならわかると思うが、イスラム教は人々の習慣、文化に深く根付いている。つまり、受ける打撃の質と深さは比較にならないといえる。映像そのもの以上にその衝撃度は大きい。
殺人、またそれを見せしめにするのも正当化されることはない。だが違和感を感じざるをえない。そこを考えない限り、欧米諸国はイスラム諸国が相互理解のために求める「RESPECT」に応えることはないだろう。そこを理解しようとしない限り、どのイスラム教国とも本当の対話は進まないはずだ。
――編集部・山田敏弘
この筆者のコラム
COVID-19を正しく恐れるために 2020.06.24
【探しています】山本太郎の出発点「メロリンQ」で「総理を目指す」写真 2019.11.02
戦前は「朝鮮人好き」だった日本が「嫌韓」になった理由 2019.10.09
ニューズウィーク日本版は、編集記者・編集者を募集します 2019.06.20
ニューズウィーク日本版はなぜ、「百田尚樹現象」を特集したのか 2019.05.31
【最新号】望月優大さん長編ルポ――「日本に生きる『移民』のリアル」 2018.12.06
売国奴と罵られる「激辛トウガラシ」の苦難 2014.12.02