コラム

チョコ好きを待ち受ける「甘くない」未来...「カカオショック」が長期化するとみられる理由

2024年04月10日(水)12時10分

単純化していえば、単価を引き下げるためには供給を増やせばよい。

しかし、カカオ豆の耕地面積は簡単には増やせない。

西アフリカではカカオ需要の増加に対応するため、これまでも耕地が拡大してきた。例えばコートジボワールでは、食糧農業機関(FAO)のデータによると、2022年までの10年間でカカオ耕地は165万ヘクタールも増えた。これは日本の四国(188万ヘクタール)や岩手県(152万ヘクタール)の面積に近い。

しかし、急激な耕地拡大にともない森林伐採のエスカレートも指摘されている。

そのため、持続可能な開発(SDGs)やエシカル消費の観点から高まる批判を受け、世界の主要な食品メーカーや生産国政府が集まる世界カカオ基金(WCF)でも近年、森林保護や児童労働対策が重視されている。

働き手にとっての利益も薄い

これに加えて、いくら価格が高騰しても生産者のインセンティブがそれに比例するわけではない。

少なくとも現在のカカオショックは農家の利益になっていない。商業用であるカカオを栽培するほとんどの農家は1年以上前から取引業者と契約しているためだ。

それだけでなく、より長期的にみても、カカオ農家が「儲かるならカカオ栽培に力を入れよう」とはなりにくい。

先述のように、カカオ豆農家の生産者価格は低く抑えられたままで、2月中旬に開催されたWCF総会でもコートジボワール政府とガーナ政府が生産者価格の引き上げを求めたが、メーカー側との合意には至っていない。

これを埋めるように生産国は個別の対応をみせていて、例えばコートジボワール政府は3月末、生産者価格の50%引き上げを決定した。しかし、この引き上げも国際市場の価格高騰にはついていけず、さらに食料を含めた諸物価値上がりのなかで十分な価格保証とはいえない。

つまり、工業製品や地下資源と違って農産物のカカオ豆の場合、需要を埋めるための増産は簡単ではない。

甘くないカカオショック

とすると、カカオ高騰は消費者にとってだけでなく、生産者であるほとんどの農家にとっても利益になりにくい。

むしろカカオショックで恩恵を得るのは、一部の投資家にほぼ限定されるだろう。

地球温暖化に端を発するカカオショックは、カカオ農家の低所得構造や流動的な資金に左右される食糧市場など、それまでにすでにあった問題を改めて浮き彫りにした。

そのどれもが簡単に解決できない問題である以上、スイーツ好きを待ち受ける未来は甘くないとみられるのだ。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

ニューズウィーク日本版 AIの6原則
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年7月22日号(7月15日発売)は「AIの6原則」特集。加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」/仕事・学習で最適化する6つのルールとは


プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏「ウクライナはモスクワ攻撃すべきでない」

ワールド

米、インドネシアに19%関税 米国製品は無関税=ト

ビジネス

米6月CPI、前年比+2.7%に加速 FRBは9月

ビジネス

アップル、レアアース磁石購入でMPマテリアルズと契
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パスタの食べ方」に批判殺到、SNSで動画が大炎上
  • 2
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長だけ追い求め「失われた数百年」到来か?
  • 3
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」だった...異臭の正体にネット衝撃
  • 4
    真っ赤に染まった夜空...ロシア軍の「ドローン700機…
  • 5
    「このお菓子、子どもに本当に大丈夫?」──食品添加…
  • 6
    「史上最も高価な昼寝」ウィンブルドン屈指の熱戦中…
  • 7
    約3万人のオーディションで抜擢...ドラマ版『ハリー…
  • 8
    「オーバーツーリズムは存在しない」──星野リゾート…
  • 9
    「巨大なヘラジカ」が車と衝突し死亡、側溝に「遺さ…
  • 10
    歴史的転換?ドイツはもうイスラエルのジェノサイド…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 4
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 5
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 8
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 9
    エリザベス女王が「うまくいっていない」と心配して…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story