コラム

極右がいまさら「ユダヤ人差別反対」を叫ぶ理由──ヘイトを隠した反ヘイト

2023年11月21日(火)17時05分

デモ参加に先立ってルペンはSNSで「我々の同胞であるユダヤ人は我々が常に戦ってきたイデオロギーと戦っている。それはつまりイスラーム主義だ」と投稿した。

つまり、極右にとってイスラエルは「イスラーム勢力と戦う同盟者」であり、ユダヤ人差別反対はそのためのアピールといえる(ただし、イスラエル支持とユダヤ人との友好は本来は同じではなく、すべてのユダヤ人がイスラエルの占領政策を支持しているわけではない)。

「アパルトヘイト」モデル国への共感

第二に、これに関連して、イスラエルが極右にとって一種の理想的なモデルケースであることも無視できない。

イスラエルは占領地でパレスチナ人の居住や就労の権利を制限し、ユダヤ人居住区との間に分離壁を建設して、接触さえ事実上規制してきた。この占領政策は中東をはじめグローバル・サウスでしばしば「アパルトヘイト」と表現される。

アパルトヘイトとは本来、1994年まで南アフリカで存続した人種隔離体制を指す。

そのもとでは白人が全ての権限を握り、有色人種には参政権すら保障されなかった。交通機関、学校、病院、ビーチや公園に至るまで人種ごとに分断され、異人種間の婚姻は法的に禁じられた。「種の純潔を守ることが正義」だったのだ。

人々の接触を物理的、社会的に制限するイスラエルによる占領政策は、宗教的な要素を除けば、南アフリカのアパルトヘイトとほぼ構造をもつ。

実際、南アフリカの白人政権は冷戦時代イスラエルと強く結びついた。だからこそ、南アフリカ黒人のリーダーだったネルソン・マンデラはアパルトヘイト終結後、「我々は自由の夢を達成したが、パレスチナ問題解決がなければ不完全」と述べたのだ。

南アフリカのアパルトヘイトが公式に消滅した現在、白人と有色人種・異教徒を、軍事力をもってしてでも分離する体制はパレスチナ占領地にしかない(ユダヤ人にはアラブ系など有色人種もいるが中心を占めるのはネタニヤフ首相のような白人)。

しかし、それは「白人社会を'褐色にする'」アジア、中東、アフリカなどの出身者を制限しようとする極右にとって、かつての南アフリカのアパルトヘイトと同じく、一つの理想形とさえいえる。

とすると、極右がイスラエルを熱烈に支持するのはその人種イデオロギーのためであり、これまで決して良好な関係でなかった国内のユダヤ人コミュニティに接近しようとするのは、そのための手段に過ぎない。

言い換えると、極右が反差別主義者になったわけでなく、ユダヤ系ヘイトに反対するのは別のヘイトを隠すための方便といえる。それはいわば白人のためだけの反ヘイトとも呼べるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ポーランド、最後のロシア総領事館閉鎖へ 鉄道爆破関

ビジネス

金融規制緩和、FRBバランスシート縮小につながる可

ワールド

サマーズ氏、オープンAI取締役辞任 エプスタイン元

ワールド

ゼレンスキー氏、トルコ訪問 エルドアン大統領と会談
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、完成した「信じられない」大失敗ヘアにSNS爆笑
  • 4
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 5
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    衛星画像が捉えた中国の「侵攻部隊」
  • 8
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 9
    ホワイトカラー志望への偏りが人手不足をより深刻化…
  • 10
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story