コラム

台湾海峡で対立しても「関係維持」を目指す意味──CIA長官の中国極秘訪問

2023年06月06日(火)19時20分

没交渉という脅威

関係が悪いからこそコミュニケーションを絶やさない、というのは冷戦時代の教訓だ。

1962年のキューバ危機で核戦争の淵に足を踏み入れた後、アメリカ大統領とソ連共産党書記長をつなぐ電話回線「ホットライン」が敷設された。これは現在も残っている。

同様に、ウクライナ戦争で公式の外交関係がほぼ遮断された現在でも、NATO司令官とロシア軍参謀総長の間の連絡回線は開いている。

そこには「仲良くなれないのは仕方ないが、正面衝突はお互いにとって最悪の結果である。没交渉によって疑心暗鬼に陥り、偶発的な衝突や誤解によって正面衝突を招くのを避けなければならない」という判断がある。

つまり、国際会議など目立つ場所で、国民やメディアを意識してお互いにハデに非難罵倒しあっても、その裏で実質的なコミュニケーション回路を維持するのは外交、とりわけ大国間の外交ではむしろ当然で、必要なことでもあるのだ。

しかし、ロシアと比べて中国の場合、要人同士の直接の交流を望む傾向が強いこともあって、アメリカには常に連絡をとる手段が乏しい。だからこそ、バーンズ訪中の意味は大きいといえる。

そのバーンズ訪中が公式に発表されなかったのは、アメリカ国内の反中世論に配慮したものとみられる。世論は無視できないとしても、世論にしばられれば外交は成り立たない、ということだ。

バーンズとは何者か

ここでバーンズ長官について少し触れておこう。

1956年生まれのバーンズはブッシュJr政権、オバマ政権などで外交官としてキャリアを積んだ。中東やロシアで長く勤務した経験から、2015年の歴史的なイラン核合意では国務省次席としてアメリカの実質的な責任者を務めた。

その外交官としての顕著な実績により各国で受勲しており、日本政府も2018年に旭日大勲章を授与している。

民主、共和それぞれの政権で勤務したバーンズはバランスの良さ、堅実さが持ち味といえる。

例えば、ウクライナのNATO加盟には15年以上前から「ロシアのレッドライン」と反対してきた。そこに賛否はあっても、指摘そのものは現実的といえる。

バイデンの信任は厚く、これまでもデリケートな場面での活動が多かった。フィナンシャル・タイムズによると、ウクライナ侵攻直前の2021年暮れにロシアを訪問したり、昨年8月に台湾訪問を予定していたナンシー・ペロシ下院議長(当時)に「緊張を高める」と中止を要請したりしたという。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story