コラム

若い女性の写真とAIで偽情報拡散──スパイ企業の手口「SNSハニートラップ」とは

2023年04月13日(木)13時40分

さらに、その「ビジネス」にはメディアの論調の操作もあると懸念されている。

チーム・ホルへの名が表面化した2月、フランスのテレビ局BFMは人気アンカー、ラシッド・ムバルキ氏との契約を打ち切った。ムバルキ氏がチーム・ホルヘと結びつき、BFMの方針や台本にない偽情報をしばしば発信したことが理由だった。

例えば、ムバルキ氏は番組内で西サハラを「モロッコの西サハラ」と表現していた。

アフリカ大陸北西部にある西サハラは、モロッコが領有権を主張して実効支配しているが、現地のサフラウィ人は「サハラ・アラブ民主共和国」として独立を宣言しており、周辺のアフリカ諸国もこれを認めている。

係争中の土地に関して、一方の当事者の言い分を注釈なしに用いることはBFMのガイドラインに反するもので、「ロシアが併合を主張しているクリミア半島」といわずに「ロシアのクリミア半島」というようなものだ。

ムバルキ氏はチーム・ホルへからの金銭受け取りやモロッコ政府からの働きかけを否定しているが、BFMのチェックを受けていない情報の発信は認めている。

AI発達で懸念されるリスク

日本に目を向けると、東日本大震災やコロナ禍で誤情報は多くみられたが、フェイクニュースが2016年大統領選挙の結果を左右したといわれるアメリカなどと比べれば、政治に関する偽情報の組織的拡散は目立たない。

とはいえ、2018年の沖縄県知事選挙で玉城候補(現知事)に関する偽情報を拡散するサイトが登場したように、日本でも皆無というわけではない。

チーム・ホルへなどスパイ企業が日本をマーケットにしているかは不明だ。しかし、仮にアプローチしようとしても、日本語は世界的にみて特殊な言語で、英語のメッセージを日常的にやり取りする人も多くない。そのため、少なくともSNSでの偽情報発信に関しては、障壁が高かったとみられる。

ところが、こうしたハードルを一気に引き下げかねないのがAIの発達だ。

AI開発レースを冷戦期の宇宙開発レースと比べると、どちらも軍拡レースの一環といえるが、多くの人がイノベーションの成果を利用できるかに違いがある。

欧米ではAIによるフェイクニュース発信への懸念がロシアや中国を念頭に語られる傾向が強いが、「顧客」の利益のために活動するスパイ企業も基本的には同じだ。

チーム・ホルへなどスパイ企業は先端テクノロジーを駆使しており、目覚ましい進歩を遂げる同時翻訳機能などAIの発達は、ボットによる偽情報発信をさらに高度化させかねない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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