コラム

カザフスタン大暴動を知るための5つの基礎知識──きっかけと目的、周辺国への影響も

2022年01月11日(火)17時00分

(4)「裏切られた期待」と怒り

こうした不満が増幅していたカザフスタンでは2019年、大きな変化が生まれた。ナザルバエフが大統領を辞任したのだ。

そのきっかけは2019年2月、首都アスタナ(現ヌルスタン)で13歳から生後3ヵ月まで5人の姉妹が火事で死亡したことだった。出火当時、両親は夜間シフト勤務で不在だった。

この出来事は「子どもが複数いても、乳児を抱えていても、両親ともに夜間シフトを免れないような労働環境がもたらした悲劇」として、うわべの経済成長の影で広がっていた庶民の困苦を象徴したため、カザフ全土で共感と怒りを呼び、かつてないほどの抗議活動に発展した。

その責任を負う格好でナザルバエフは大統領を辞し、それにともなって上院議長だったトカエフが大統領に就任したのだ。

不人気だった前任者を意識してか、新大統領トカエフは死刑廃止、政党間対話の促進、地方政府首長の選挙制導入などを通じて、民主化に意欲的な「改革派」イメージを打ち出した。その一方で、最低賃金の引き上げ、生活困窮者の債務帳消しなど、市民生活の改善にも着手した。

ただし、そこには限界もあった。ナザルバエフは大統領でなくなったものの、その後も与党ヌル・オタンの代表、安全保障問題で大統領に助言する安全保障理事会の終身議長といった要職を兼務し続けたからだ。つまり、トカエフの「改革」はナザルバエフが認める範囲内のものでしかなかった。

そのため、市民生活は大きく改善せず、コロナ禍がこれに拍車をかけた。ワシントンD.C.に拠点をもつオクサス中央アジア事情研究所の調査によると、2020年にカザフスタンでは前年の約2倍に当たる約500件の抗議活動が発生したが、そのうち185件は生活苦への不満を表明するものだった。2021年には、上半期だけで2020年とほぼ同じ数の抗議デモが発生している。

「改革」を標榜するトカエフ政権への怒りが充満していたなか、今年1月初めの燃料価格引き上げは、最後の一押しになったといえるだろう。

(5)大暴動のドミノ倒しはあるか

こうして広がったカザフスタン大暴動は、周辺国に影響が及ぶことが懸念されている。

暴動の拡大を受けてトカエフは2週間の非常事態を宣言し、デモ隊を「外国から支援されるテロリスト」と断定しているが、この「外国」が何を指しているかは不明だ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story