コラム

トルコで広がるウイグル狩り──中国の「ワクチンを送らない」圧力とは

2021年03月05日(金)19時35分

仁義なきワクチン争奪戦が展開されている世界では、一部の富裕な国がコロナワクチンの多くを買い占めており、新興国や途上国は後回しにされやすい。この状況のもと、コロナ対策で国際的な主導権を握りたい中国は、いち早く各国にワクチンを供給してきた。

質はともかくスピードと規模の大きさは中国の真骨頂であるがゆえに、トルコへのワクチン遅延は異例といえる。

そのため、中国、トルコの両政府が「ウイグル問題とワクチン遅延は無関係」と強調しても、トルコの野党などから「中国がワクチンを人質にウイグル問題で圧力をかけている」と批判があがることは不思議でない。

犯罪者引き渡し条約の圧力

トルコ政府にとってさらに圧力になっているのが、中国との間で2017年に結ばれた、犯罪者の引き渡しに関する条約だ。中国側はウイグルを「分離主義のテロリスト」と位置づけているため、この条約が発効すれば亡命ウイグル人もその対象に加えられかねない。

中国側は昨年、この条約を批准した。あとはトルコ議会が批准すれば、この条約は発効する。この状況は中国から「早く批准しろ」という無言の圧力になる。

ただし、トルコ政府にとって、亡命ウイグル人引き渡しにつながりかねない条約の批准・発効は避けたいところだ。

サウジアラビアなど他のイスラーム諸国が中国との関係を念頭に、中国によるウイグル弾圧に沈黙しがちななか、「イスラーム世界のリーダー」を目指すトルコにとって「ムスリムが異教徒に弾圧されている」ウイグル問題は格好の外交手段であることも手伝って、エルドアン大統領はこれまでウイグル問題をテコに中国批判を展開し、ナショナリズムを鼓舞してきた。

つまり、ここで条約を批准すれば、エルドアン大統領は自分が煽ってきたナショナリズムに足元をすくわれかねないのだ。

条約は批准したくない。しかし、ワクチンは欲しい。

トルコ政府のこのジレンマのもと、亡命ウイグル人を事実上、強制送還するウイグル狩りが進んできたのである。ウイグル人にとって安息の地は着実に失われつつあるのだ。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

ニューズウィーク日本版 世界も「老害」戦争
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年11月25日号(11月18日発売)は「世界も『老害』戦争」特集。アメリカやヨーロッパでも若者が高齢者の「犠牲」に

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国、高市首相の台湾発言撤回要求 国連総長に書簡

ワールド

MAGA派グリーン議員、来年1月の辞職表明 トラン

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「裸同然」と批判も...レギンス注意でジム退館処分、…
  • 7
    Spotifyからも削除...「今年の一曲」と大絶賛の楽曲…
  • 8
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story