コラム

トルコで広がるウイグル狩り──中国の「ワクチンを送らない」圧力とは

2021年03月05日(金)19時35分

再教育キャンプでは、女性に外科手術などが施されてウイグル人の出生率が低下したことや、イスラームで忌避される豚肉を食べることを強要されるなどといった事例が報告されている。国際的な批判の高まりを受け、中国政府は2019年12月、「全てのウイグル人が再教育キャンプを'卒業'した」と発表した。しかし、'卒業'したウイグル人たちを待ち構えているのは刑務所ともいわれる。

国外に逃れた場合、中国当局は海外に暮らすウイグル人たちの親族を勾留するなどして脅し、帰国を促してきた。国外で中国の恥部を訴える亡命ウイグル人たちは、中国当局にとって危険極まりない存在だからだ。

ただし、亡命ウイグル人にとっての「敵」は中国だけではない。一度はウイグル人を受け入れた国も中国の圧力によって態度を翻すことは珍しくないためであり、ウイグル問題で中国を最も厳しく批判してきたトルコもその例外ではない。

トルコ政府の変心

それでは、トルコ政府はなぜ態度を変え、ウイグル狩りに向かうのか。そこにはトランプ政権の遺産とコロナの影響がある。

このうちまずトランプ政権の遺産について触れると、トルコは2018年からアメリカとの貿易摩擦で経済が急速に悪化してきた。トランプ政権の「アメリカファースト」の矛先は中国にとどまらず各国に向かったが、そのなかにはNATO加盟の同盟国であるトルコも含まれた。

トルコ製のアルミ、鉄鋼などの輸入関税が引き上げられたことは、2018年8月にトルコ・リラが暴落するきっかけにもなった。アメリカとの取引が激減し、経済にブレーキがかかるなか、トルコでは相対的に中国の投資や貿易の重要性が増したのである。

もともとトルコのエルドアン政権はウイグル問題で中国を非難する一方、「一帯一路」国際会議に出席するなど、中国との経済交流には積極的だった。これはアメリカと中国を天秤にかける手法だが、この危ういバランスはトランプ政権との関係が急速に悪化したことで崩れ、結果的にトルコは中国への依存度を深めることになってしまったのである。

「ワクチンを送らない」外交

これに拍車をかけたのがコロナの蔓延と中国のワクチン外交だ。

トルコ政府は昨年12月、中国国営のシノバック・バイオテック社と5,000万回分のコロナワクチン購入の契約を結んだ。しかし、1月中旬に650万回分が届いて以降、ワクチンの到着は遅れている。

トルコ保健省は「4月末までには揃う」と強調するが、シノバック側から同様の見通しは伝わってこない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ大統領、来週にもBBCを提訴 恣意的編集巡

ビジネス

訂正-カンザスシティー連銀総裁、12月FOMCでも

ビジネス

米バークシャー、アルファベット株43億ドル取得 ア

ワールド

焦点:社会の「自由化」進むイラン、水面下で反体制派
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 5
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 6
    『トイ・ストーリー4』は「無かったコト」に?...新…
  • 7
    文化の「魔改造」が得意な日本人は、外国人問題を乗…
  • 8
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 9
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 10
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 8
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story