コラム

アフリカで初の新型コロナウイルス感染者、医療ぜい弱な大陸は大丈夫なのか

2020年02月16日(日)11時01分

同じアフリカ大陸でも、エジプトを含む北アフリカはサハラ砂漠より南の地域(サハラ以南アフリカ)と比べて所得水準が総じて高い。それに比例して医療水準にも差があり、世界銀行の統計によると、例えば住民1000人当たりの医療従事者の数はサハラ以南アフリカの平均で0.2人だが、エジプトでは0.8人である。

それでも先進国と比べて低い(例えば日本では2.4人)が、エジプトの医療体制がアフリカ大陸のほとんどの国と比べて「まし」であることは確かだ。実際、WHOがあげた特にリスクの高い13カ国にエジプトは含まれていなかった。

だとすると、エジプトで感染者が確認されたのは、むしろ医療水準がそれなりに高いからで、それがもっと低い国では、ただ感染を確認できていないだけではないかという疑念は大きくなる。

中国とのヒトの移動からみたエジプト

この疑念をさらに大きくするのが、中国との往来だ。

中国のアフリカ進出にともない、アフリカ大陸と中国の間のヒトの往来はかつてなく増えており、デジタル航空情報会社OAGによると、双方の間の渡航者数は2018年にのべ254万人にのぼった。WHOが特にリスクを警戒した13カ国のほとんどは中国との直行便をもつ国で、これもアフリカでの新型コロナ拡散に懸念がもたれた一因だった。

この観点からエジプトをみると、エジプト航空はカイロ国際空港から北京、広東省広州、四川省成都の他、昨年11月29日からは浙江省杭州への直行便を就航させている。エジプトは中国とのヒトの往来が特に活発な国の一つなのだ。

ただし、カイロ国際空港は1月末の段階で中国からの航空便を全てキャンセルしている。それでもエジプトで感染者が確認されたことから、中国との直行便をキャンセルしていない国での感染リスクは、さらに大きいと想定される。

このうちエチオピアでは、エチオピア航空が首都アディスアベバと中国4都市との間で直行便を就航させているが、エジプトと異なり、周辺国から懸念や批判が噴出しても、これらをキャンセルしていない。しかし、これまでのところ感染者は確認されていない。

その一方で、エチオピアはエジプトよりはるかに貧しく、住民1000人当たりの医療従事者数はサハラ以南アフリカの平均をも下回る0.1人にすぎない。

これらの条件を重ね合わせれば、エチオピアで感染者が確認されていないことが、実際に感染者がいないことを意味するかは、大いに疑問と言わざるを得ない。

アフリカ発のパンデミックはあるか

こうしてみたとき、エジプトで感染者が確認されたことは、すでにアフリカで感染が広がりつつあるのではという疑念を深めるものだ。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米英首脳、両国間の投資拡大を歓迎 「特別な関係」の

ワールド

トランプ氏、パレスチナ国家承認巡り「英と見解相違」

ワールド

訂正-米政権、政治暴力やヘイトスピーチ規制の大統領

ビジネス

英中銀が金利据え置き、量的引き締めペース縮小 長期
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の物体」にSNS大爆笑、「深海魚」説に「カニ」説も?
  • 2
    燃え上がる「ロシア最大級の製油所」...ウクライナ軍、夜間に大規模ドローン攻撃 国境から約1300キロ
  • 3
    1年で1000万人が死亡の可能性...迫る「スーパーバグ」感染爆発に対抗できる「100年前に忘れられた」治療法とは?
  • 4
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    アジア作品に日本人はいない? 伊坂幸太郎原作『ブ…
  • 7
    中国山東省の住民が、「軍のミサイルが謎の物体を撃…
  • 8
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがま…
  • 9
    中国経済をむしばむ「内巻」現象とは?
  • 10
    「ゾンビに襲われてるのかと...」荒野で車が立ち往生…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 5
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 6
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 7
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「何だこれは...」クルーズ船の客室に出現した「謎の…
  • 10
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story