コラム

異次元の日米関係―安倍政権の「猛獣使い外交」が抱えるコスト

2019年06月03日(月)13時45分

例えば、日米首脳会談では5月初旬からの北朝鮮による短距離弾道ミサイルの発射が安保理決議に違反するか否かで見解が分かれたが、それでも安倍首相は北朝鮮と「前提なしの首脳会談」を行う意欲を表明し、トランプ大統領もこれを支持した。

中ロや韓国だけでなくアメリカも北朝鮮との交渉に向かうなか、日本はいまや北朝鮮への最強硬派といえる。その状態で北朝鮮と交渉しても大きな成果が期待しにくいにもかかわらず、前提なしの交渉に向かわざるを得なかったことからは、日本の選択肢の少なさを見出せる。

同じことは、ロシアに関してもいえる。安倍首相は北方領土交渉に意欲をみせてきたが、昨年12月にプーチン大統領が「北方領土が返還された後にアメリカ軍基地は建設させないと主張する日本の決定権に疑問がある」と述べたことで、日ロ交渉は事実上頓挫した。つまり、このタイミングで日本がアメリカとの蜜月ぶりを誇ることは、ロシアとの独自の関係を築きにくくするものといえる。

アメリカへの敵意を引き受けられるか

第二に、猛獣使いは存在感を保つため、常に猛獣と行動をともにする必要があるが、そのなかで火の粉を浴びやすくなることだ。

例えば、イギリスの例をみてみよう。イギリスは「アメリカとの関係」を自国の存在感の一部としていたが、この関係によって国際的に批判が強かった2003年のイラク侵攻にもつき合わざるを得なくなり、それは結果的に56人の死者を出すロンドン地下鉄連続爆破事件(2005)などイギリスを標的としたテロを促すことにもなった。

イギリス政府はその後イラク侵攻の誤りを認め、最近ではアメリカが一方的に離脱した2015年のイラン核合意を遵守する立場を鮮明にするなど、これと一定の距離を保つようになったが、そこには「アメリカにつき合うコストに見合わない」という判断があったとみてよい。

日本の場合、少なくとも現状では憲法上の制約から最前線までアメリカとつき合うことは想定しにくいが、それでもすでにアメリカに敵意をもつ者の反感を呼ぶ兆候をみてとれる。

その代表は、日米首脳会談で安倍首相が「共同で緊張緩和に取り組む」と提案したイラン危機だ。アメリカは5月初旬から根拠を示さないまま「イランの脅威」を強調し、緊張を高めてきた。これに関して安倍首相は緊張緩和に取り組むと提案しながらも、緊張のエスカレートを控えるようアメリカに求めることはなかった。

従来、中東には日本政府が「親日国」と呼びたがる国が多く、イランもそこに含まれる。完全にアメリカ側に立って仲介役を申し出た安倍政権はイランからみて信用できるものではなく、むしろ警戒感をもって迎えられても不思議ではない。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story