コラム

サウジ人記者殺害事件が単純に「報道の自由をめぐる問題」ではない3つのポイント

2018年10月24日(水)16時00分

ロンドンで講演するジャマル・カショギ氏(2018.9.29)

10月20日、サウジアラビア当局はトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館で行方不明になっていたサウジ人記者ジャマル・カショギ氏を領事館員らが「過失」で死亡させたと認め、これを隠蔽しようとしたとして18人を拘束した。この事件は人権問題として国際的に関心が集まっていたものの、少なくとも当事国の当局者にとっては政治的な問題であり、「独裁者」同士の対立が表面化したものともいえる。

三つの疑問

今回の問題は人権や報道の自由という観点から語られやすいが、それ以外にも大きく3つのポイントがある。


・カショギ氏は単に「反体制」だったから殺害されたのか

・なぜトルコはこの事件の究明に熱心なのか

・「領事館員が勝手にやったこと」というサウジ当局の説明をトルコは受け入れるのか

知りすぎた男

これらについてみていくと、第一に、カショギ氏の事件は「自由や権利を訴える反体制派への弾圧」というだけでなく、その死にはサウジ内部の権力闘争の影響がうかがえる。

カショギ氏はしばしば「反体制的なジャーナリスト」と紹介されているが、最初から政府に批判的だったわけではない。カショギ氏は1990年代に政府系新聞で務め、(サウジ政府から資金協力を受けていたと噂される)アルカイダのリーダーだったビン・ラディンにインタビューした経験ももつ。王族・政府内にも知古は多く、2000年代に情報部門の責任者を務めたタルキ・ビン・ファイサル王子のメディア・アドバイザーでもあった。
 
つまり、カショギ氏はむしろサウジ政府の内実に通じていたが、その後2010年に編集方針をめぐって政府系新聞アル・ワタンを解雇された後、報道の自由や表現の自由を強調する言論活動に転じ、欧米メディアでも中東問題についてコメントする著名ジャーナリストとなった。

これは現在の事実上の最高権力者であるムハンマド・ビン・サルマン皇太子からみて、一種の脅威だったといえる。

2015年に即位したムハンマド皇太子は、高齢の実父サルマン国王に代わり、事実上国政の全てを握り、その権力をもってサウジの近代化を推し進めてきた人物だ。その改革には女性が自動車を運転することの解禁や、石油頼みのサウジアラビアに製造業・観光業など新たな産業を育成することなどが含まれるが、その一方で改革を推し進める強い権限を集中させるため、政府や国営企業に根を張る王族を次々と排除してきた。

とはいえ、サウジアラビアではもともと言論や情報の統制は厳しいものの、これまでジャーナリストが殺害されることは稀だった。それにもかかわらず、ムハンマド皇太子と対立する王子とも親交があるカショギ氏が殺害された今回の事件は、ムハンマド皇太子の独裁化を象徴するとともに、暴かれてはならない秘密をカショギ氏が握っていた可能性をも示唆する。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:動き出したECB次期執行部人事、多様性欠

ビジネス

米国株式市場=ダウ493ドル高、12月利下げ観測で

ビジネス

NY外為市場=円急伸、財務相が介入示唆 NY連銀総

ワールド

トランプ氏、マムダニ次期NY市長と初会談 「多くの
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワイトカラー」は大量に人余り...変わる日本の職業選択
  • 4
    中国の新空母「福建」の力は如何ほどか? 空母3隻体…
  • 5
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    ロシアのウクライナ侵攻、「地球規模の被害」を生ん…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 10
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story