コラム

ドイツで極右と極左1万人が衝突 彼らを煽る「自警主義」とは

2018年08月31日(金)15時30分

自警主義はなぜ拡大するか

左右にかかわらず、なぜ過激派の間に自警主義が広がるのか。

アイルランドのコラムニスト、ディビッド・クイン氏は、過激派イデオロギーの衝突が既存の政党への支持の衰退と連動すると指摘する。つまり、(性別、年代、宗派、民族などの属性ごとの主張を展開する)アイデンティティ政治の発達によって、特定の人々の主張を反映させるという意味で政治への期待そのものが大きくなっている一方で、どの候補者あるいはどの政党に投票しても、格差の拡大や増税、移民・難民問題、グローバル化にともなう雇用機会の流出などが大きく改善されない現実のなかで、「自分たちの声が政治に顧みられない」と感じる人々は増えている。このギャップが国民の代表たる議会や政党への不信感を強め、自分で権利を守り、正義を執行しようとする動きを加速させ、ひいては過激派イデオロギーの台頭と衝突を呼んでいる、というのだ。

極右からすれば、政府が「ポリティカル・コレクトネス」を強調することは社会の多数派(白人キリスト教徒)の文化を損ない、「人権」の名の下に政府がムスリム系市民を野放しにすることはテロを誘発させる。だから、政府がそれを行わないなら、自分たちで移民・難民を排除しようとする。

これに対して、極左からすれば、政府は「表現の自由」を盾にヘイトスピーチを繰り返す白人至上主義者を積極的に取り締まろうとしないばかりか、同じく「市民」であってもムスリム系やアフリカ系は警察の不当な監視下に置かれている。だから、公権力が躊躇しがちな極右への取り締まりを自分たちで行う、となる。

政治への期待が大きいほど期待が外れた時の失望感は大きく、原則への信頼度が高いほど実態とのギャップに幻滅を覚えやすい。この観点からすれば、伝統的に秩序と法を重んじてきたからこそ、他のヨーロッパ諸国の国民以上に、ドイツ人の間に秩序と法が脅かされる状況に国家への不信感が募りやすく、その結果として自警主義に傾いた過激派イデオロギー同士の衝突が目立ったとしても、不思議ではない(以前よりかなり目立つとはいえ、日本で欧米諸国ほど過激派イデオロギーが浸透していない一つの理由は、政治への期待や原則への信頼度がそもそも低いのかもしれない)。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易・経済関係の発展促進で合

ワールド

NYタイムズ、パープレキシティAIを提訴 無断コピ

ワールド

スウェーデン、途上5カ国援助廃止へ 年約10億ドル

ワールド

ロ「米の回答待ち」、首脳会談の予定なし ウが拒否な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 2
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開きコーデ」にネット騒然
  • 3
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...ジャスティン・ビーバー、ゴルフ場での「問題行為」が物議
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 8
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 9
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 10
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story