コラム

テレビは自由であるべきか──アメリカの経験にみる放送法見直しの危険性

2018年04月02日(月)14時22分

「公平」の難しさ

「公平」撤廃の論理は「視聴者の選択の自由」を強調します。これはネットで好きな情報を選び取ることに慣れた現代人にとって分かりやすいものかもしれません。

実際、人間には国籍、年齢、職業、所得など必ず何らかの立場や属性があり、言葉通りの意味での「公平で客観的な視点」はほぼ不可能です(社会学ではこれを存在拘束性と呼ぶ)。そのため、あらゆる報道には多かれ少なかれ偏向(バイアス)があり、これを緩和させるなら複数の見方や確実な証拠を示し、論理的に矛盾なく伝えるしかありません。

しかし、特にTV、ラジオは他のメディアと比べて「時間の制約」が大きく、複数の見解や情報源を省略したよりコンパクトなメッセージになりがちです。実際、「公平」で定評のある英国BBCでさえ「EU離脱問題をめぐる論調が偏っている」と与党議員から批判され、対応に苦慮しています。

「公平」が有名無実化しやすい状況で、「だったらいっそなくして視聴者の判断に任せればいい」という主張は明快ともいえます。

視聴者の選択に任せる是非

とはいえ、「自由な報道」がよい結果を生むとは限りません。

1987年に米国は放送局に複数の視点から報道することを定めた公平原則(Fairness Doctrine)を撤廃。ロナルド・レーガン大統領(当時)はこれを「政府の規制は(表現の自由を定めた)憲法第1条に反する」と正当化。今回の提案で安倍首相もこれに言及しています。

ところが、その後の米国では各局が正確さより政治的な主張で他局との差別化を図るようになり、これは結果的にジャーナリズムへの信頼の低下につながりました。

最近の例をあげると、大手TV局FOXニュースの司会者ローラ・イングラハム氏は、2月にフロリダ州の高校で発生した銃乱射事件を生き延び、銃規制の強化を求める活動に参加している生徒の個人情報をさらして「UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に落ちた」などと揶揄。さすがに非難が相次ぎ、多くのスポンサーが降板したため、3月29日に謝罪に追い込まれました。

FOXニュースはトランプ大統領を支持する保守的な論調で知られ、銃規制にも消極的。イングラハム氏の一件は、そのイデオロギーにかかわらず、特定の立場を前面に出した「自由な報道」が、日本ではかろうじてネット上にとどまっているレベルの誹謗中傷になりかねず、社会の分断をさらに深め得ることを示す一例にすぎません。

「自由な報道」が輸入されたら

ただし、日本の場合、放送免許の許認可権を政府が握っており、今回の提案でもこの部分には触れられていません。この点で、政府が許認可権を持たない米国と異なり、「公正」が廃止されても「好ましくない報道」を政府が管理することは可能です。しかし、それでは政府のいう「自由な報道」も有名無実になります。

さらにここでの文脈で重要なことは、仮に「公平」が撤廃された後も政府に許認可権を握られる放送局が「自発的に」言論を抑制したとしても、今回の提案には外資参入の解禁が含まれることです。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロ産原油、割引幅1年ぶり水準 米制裁で印中の購入が

ビジネス

英アストラゼネカ、7─9月期の業績堅調 通期見通し

ワールド

トランプ関税、違憲判断なら一部原告に返還も=米通商

ビジネス

追加利下げに慎重、政府閉鎖で物価指標が欠如=米シカ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの前に現れた「強力すぎるライバル」にSNS爆笑
  • 4
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 7
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    あなたは何歳?...医師が警告する「感情の老化」、簡…
  • 10
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story