コラム

「高等教育無償化」でイノベーションは生まれるか──海外と比べて見劣りするのは「エリート教育」

2018年02月27日(火)17時45分

このうち、例えばシンガポールは政府歳出の約20パーセントを教育に充てています。シンガポールは都市国家で、狭い国土で資源がなくても利益率の高い産業を育成することで開発途上国から「卒業」し、現在では先進国並みの所得水準に到達しています。この躍進を支えた一つの柱が教育だったといえるでしょう。

シンガポールに代表されるように、政府歳出に占める教育予算の割合で並べると、もともと政府歳出の規模が小さい小国が上位にきやすくなります。その意味では、世界第三位の経済規模をもつ日本の順位が低くなることは、不思議でありません。

とはいえ、日本より予算規模やGDPが大きく、日本以上に「小さな政府」である米国の数値は日本をはるかに上回ります。超大国としての米国の力は、経済力や軍事力だけでなく、教育にも支えられてきたといえるでしょう。

高等教育における他国とのギャップ

ところで、教育の優先度が総じて低い一方、日本の教育予算の配分には大きな特徴がみられます。図3は、各国の教育予算に占める初等(日本でいう義務教育)、中等(高校レベル)、高等(高校卒業後)のそれぞれへの配分を、高等教育向け予算の割合の高い順に示しています。

mutsuji2018022703.jpg

このうち日本のものをみると、中等教育向けが約38パーセントで最も高く、これは他の多くの国とさほど変わりません。

その一方で、初等教育向けは約33パーセントで、これはサンプルがとれた国のなかでイスラエル(約38パーセント)、アイルランド(約36パーセント)に次いで高くなっています。ところが、高等教育向けは約21パーセントで下から数えた方が早い水準です。つまり、他の主要国と比べて、日本は「初等教育に厚く、高等教育に薄く」という傾向が鮮明なのです

「少数のエリート教育より、すそ野の広い教育」という傾向は、国全体の発展にとって必ずしも悪いこととはいえません。開国以来の日本の近代化は、それ以前に寺子屋で識字能力が普及していたことで加速しました。さらに、経済学者のジョージ・サカロポロスは1985年の著作で初等教育と中等・高等教育の社会的収益率を計測し、初等教育を充実させた方が社会的収益率が高いと指摘。これを踏まえて、これ以降の開発経済学では初等教育が重視されることになりました。

ただし、情報通信をはじめ知識集約型の産業が発達し、フランシス・ベーコンの格言「知は力なり」がこれまで以上に現実味を帯びる世界にあって、高等教育の重要性はかつてなく高まっているといえます。そのため、図4で示すように、日本政府も高等教育向けの予算の割合を徐々に高めていますが、それでも他の主要国とは開きがあります。

mutsuji2018022704.jpg

個人プレーだのみの教育・研究

高等教育への関心が低いままに、日本政府がイノベーションの原動力として高等教育の重要性を強調することには、違和感を覚えざるを得ません。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:アマゾン熱帯雨林は生き残れるか、「人工干

ワールド

アングル:欧州最大のギャンブル市場イタリア、税収増

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story