コラム

アサド政権によるクルド人支援──「シリアでの完全勝利」に近づくロシア、手も足も出ないアメリカ

2018年02月23日(金)19時30分

その一方で、トルコは北大西洋条約機構(NATO)に加盟する、米国の同盟国。つまり、トルコ軍によるクルド人攻撃は、米国からみれば「同盟者同士の争い」。そのため、米国政府は「YPGへの支援の中止」を言いながらも「SDFへの支援はその限りでない」というグレーな対応に終始せざるを得なくなりました。この観点からみれば、2月16日に浮上した、「トルコ軍がアフリンで化学兵器を用いた」という疑惑に対して、具体的な調査を経ないままに米国政府が「あり得ない」と断定してトルコを擁護したことも不思議ではありません。

過剰に強気のトルコ

ところが、米国がトルコに「気を遣う」一方、トルコは再三にわたって米国を批判。2月13日、エルドアン大統領は「米国によるYPG支援」を批判。「『打たれれば鋭く反応する』という者はオスマン打ち(オスマン帝国時代からトルコに伝わる格闘技の一種)を食らったことがないのだ」と豪語しています。

もともと、トルコのエルドアン政権は、その急速なイスラーム化だけでなく、メディア規制などの強権化により、欧米諸国と対立を深めてきました。

ただし、米国を相手に一歩もひかず、トルコ政府がやや過剰なまでに自らの立場を強調する背景には、ロシアとの関係も無視できません。

トルコは隣国シリアでの内戦でクルド人を支援する欧米諸国との対立を深めた一方、当初はシリアを支援するロシアとの間でも緊張が高まりました。

しかし、「反米」で一致する両国は徐々に関係を改善させ、2016年12月にトルコは、ロシアやイランとともに、シリア和平のための国際会議を開くことを決定。さらに2017年9月には、ロシアからS-400対空ミサイル(約25億ドル)を輸入する取り決めに調印。NATO加盟国でありながらも、トルコは欧米諸国と一線を画した方針を鮮明にしていったのです。

冷戦時代から、欧米諸国はソ連の南下を食い止める「防波堤」としてトルコを位置づけ、トルコもまたソ連(ロシア)の脅威に対抗するために欧米諸国と協力してきました。しかし、エルドアン政権はあえてロシアに接近することで、「やかましいことを言ってくる」米国への発言力を増してきたのです。

火だるまになるトルコ

ところが、アサド政権がクルド人勢力を支援することを表明したことで、トルコの立場は俄然あやしくなったといえます。

先述のように、アサド政権は内戦以前からクルド人の分離独立運動を抑圧していました。しかし、内戦中はISやスンニ派民兵を主に攻撃し、クルド人勢力とは偶発的な衝突以外にほとんど戦火を交えてきませんでした。トルコに配慮する米国が支援を必ずしも十分行わず、「使い捨て」にされる危険にさらされていたクルド人勢力は、アサド政権からの支援を歓迎する意向を示しています。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ソフトバンクG、オープンAIとの合弁発足 来年から

ビジネス

PayPayの米上場、政府閉鎖で審査止まる ソフト

ワールド

マクロスコープ:高市首相が教育・防衛国債に含み、専

ビジネス

日鉄、今期はUSスチール収益見込まず 下方修正で純
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に「非常識すぎる」要求...CAが取った行動が話題に
  • 4
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 5
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    高市首相に注がれる冷たい視線...昔ながらのタカ派で…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story