コラム

エチオピア非常事態宣言は民族共存の挫折、日本企業にボディブロー

2018年02月20日(火)18時30分

エチオピアは20世紀後半まで、一人の皇帝が支配する帝国でした。この帝政は1974年のエチオピア革命で崩壊。その後のエチオピアでは、社会主義政権が成立しました。

mutsuji2018022002.jpg

しかし、中央集権的な社会主義政権に対して、各地に民族ごとの4つの武装組織が成立。4組織は1991年、連合体としてのエチオピア人民革命防衛戦線(EPRDF)を結成。折しも社会主義政権の後ろ盾だったソ連が崩壊したタイミングを見計らい、EPRDFは首都アディスアベバを陥落し、権力を握ったのです。

この経緯から、EPRDF率いる新体制では、特定の民族に対する優遇を避けつつ、国家としての一体性を築くことが重視されました。その結果、世界でも稀な「エスニック連邦主義」が生み出されたのです。

仏作って魂入れず

ただし、どんな制度も、それを運用するのは人間です。民主主義が一歩間違えれば「多数者の専制」になるように、制度の使い方によって本来の理想とかけ離れた結果をもたらすことが珍しくありません。エチオピアの「エスニック連邦主義」でも、時間が経つにつれ、当初の理想とかけ離れた運用が目立つようになったのです。

エチオピアでは1995年憲法のもとで議会選挙が定期的に行われ、4つの武装組織の連合体から4政党の連合体に衣替えしたEPRDFが、議席の大半をEPRDFが握り続けました。社会主義政権との内戦時代にEPRDFを発足させ、初代首相に就任したメレス・ゼナウィの指導のもと、エチオピアは海外からの投資の誘致や農産物の輸出振興を推し進め、2000年代半ばから10パーセント前後の成長率を維持してきました。

ところが、民間企業の起業のための政府系基金が創設されたものの、EPRDF関係者との縁故がなければほぼ採用されないなど、政府とビジネスの癒着も拡大。さらに、経済が順調に成長するほど、メレス首相(当時)の威光は大きくなり、その出身母体ティグライ人が政府や軍で優遇されるようになりました

ティグライ人は全人口の約6パーセント。それが政治・経済を握る状況に、とりわけ最大人口のオロモ人(34.4パーセント)の間で不満が増幅したことは、不思議でありません。

「エスニック連邦主義」の理念に基づき、あくまで分離独立を主張したオロモ解放戦線(OLF)は、1992年に早くも政権から離脱していましたが、これは後にメレス首相によって「テロ組織」の指定を受け、取り締まりの対象になりました。その後、EPRDFは実質的には「各州の分離独立の権利を表面的には認めつつ、実際にはこれを決して認めない」ことを共通項とする一つの政党として機能し始めました。こうして、世界でも稀な「エスニック連邦主義」は「絵に描いた餅」になったのです。

多数派の抗議

政治・経済を握る少数派に対する抗議は、メレス氏が急逝した2012年頃から急速に広がりをみせ始めました。メレス政権で副首相・外相を務め、繰り上がりで首相となったハイレメリアム氏は、ティグライ人よりさらに人口の少ないウォライタ人(全体の2.3パーセント)。そのため、実質的に政府を握るティグライ人をハイレメリアム首相も制御しきれず、その一方で特にオロモ人からの抗議が噴出していったのです。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ軍事作戦を大幅に拡大、広範囲制圧へ

ワールド

中国軍、東シナ海で実弾射撃訓練 台湾周辺の演習エス

ワールド

今年のドイツ成長率予想0.2%に下方修正、回復は緩

ワールド

米民主上院議員が25時間以上演説、過去最長 トラン
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    イラン領空近くで飛行を繰り返す米爆撃機...迫り来る…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 6
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 7
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story