コラム

ゾンビ映画の父ジョージ・A・ロメロは「ホラーで社会風刺」にも成功した

2024年02月28日(水)12時20分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<よく見ればそもそも設定に無理があるのに、今も量産されているゾンビ映画。その嚆矢となる作品を生んだロメロ監督はなぜすごかったのか>

ネットフリックスに加入して最初に観た作品は、知人に薦められた『ウォーキング・デッド』シリーズだ。途中まではかなり熱中した。

ただし最初に違和感を持った。というか気が付いた。シリーズ冒頭で主人公が乗っていた馬がゾンビの群れに襲われるのだが、食べられた馬はその後にゾンビになるのだろうか、とふと思ったのだ。

消化器官の構造そのものは変わらないのだから、草食獣が肉食獣に変わることは難しいはずだ。ならば草を貪り食うゾンビ馬ということになるのか。これはあまり怖くない。






同時に思う。ほとんどのゾンビは体の数カ所を損傷しているけれど、普通に歩いたり走ったりしている。つまりゾンビたちは獲物を上品に一口か二口かじっただけで、必ず食べ残すのだ。数人ならともかく基本的には群れだから、全員が満腹したとの解釈は無理がある。さらに思う。摂食するからには消化しなくてはならない。ならば排出もするのか。ゾンビが排出しているシーンも見たことがない。それにもしも排出するならば、消化器官は生前と同じように機能しているということになる。

つまりゾンビの設定には、そもそもかなり無理がある。でも今もゾンビ映画は量産され続けている。甦った死者たちが人を襲う世紀末的な世界観と、立ち向かう人たちの過酷なサバイバルが主軸になるという設定は、ほぼどの作品にも共通している。

その嚆矢となったのは、ジョージ・A・ロメロが監督した『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』だ。主人公は黒人男性。公開された1968年は公民権運動のシンボルであるキング牧師が暗殺され、共産主義と民族主義を標榜するブラックパンサー党が活動をさらに激化させ、アメリカにおける黒人差別との闘いが一つのピークを迎えた年でもある。

そんな時代に、黒人ヒーローを主人公に設定したロメロの意図は明らかだ。ただし『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』の扱いは、やはりカルトムービーだった。ロメロの名が世界に広まったのは(そして僕が初めて観たゾンビ映画も)、79年に日本公開された『ゾンビ(原題はDawn of the Dead)』だ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

独中副首相が会談、通商関係強化で一致 貿易摩擦解消

ビジネス

FRB追加利下げは慎重に、金利「中立水準」に近づく

ビジネス

モルガンS、米株に強気予想 26年末のS&P500

ワールド

ウクライナ、仏戦闘機「ラファール」100機取得へ 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 3
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地「芦屋・六麓荘」でいま何が起こっているか
  • 4
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 7
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 8
    経営・管理ビザの値上げで、中国人の「日本夢」が消…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story